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「SDGsエコバブルの終焉」杉山 大志

2024/08/09公開 更新
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「SDGsエコバブルの終焉」杉山 大志

【私の評価】★★★★☆(82点)


要約と感想レビュー

誤解を招く朝日新聞の社説

2023年12月に朝日新聞は「COP28閉幕 化石燃料脱却を確実に」という見出しの社説の中で、『COP28が、「化石燃料からの脱却」をうたった文書を採択して閉幕した・・・合意の意味は大きい。日本も真の脱炭素に向け、対策をさらに進めなくてはならない』と報じています。この朝日新聞の社説を読むと、世界がCO2排出削減に向けて対策を進めていくように感じますが、実際はどうなのでしょうか。


この本では、COP28のパラグラフ28、29を読めば、化石燃料からの脱却は 「各国がそれぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で」取り組む様々な施策の一つであると説明しています。つまり、COP28の文書で採択された内容とは、NDC(国別約束)は各国が決めるものであり、異なる国情を考慮するということなのです。朝日新聞の社説とは、だいぶ印象が違うのです。


COP28の成果は「それぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で行う」としたことだ(p117)

CO2ゼロに取り組む国はほとんどない

また、CO2ゼロを宣言しているとしても、国によってスタンスは様々です。多くの国は2050年CO2ゼロとしていますが、中国は2060年、インドは2070年です。そもそも中国・インドは自ら手足を縛る数値目標には反対で、2023年9月のG20ニューデリーサミット共同声明ではIPCC第6次評価報告書の見解に留意するとしています。あくまで「留意」なのです。


また、ロシアのウクライナ侵攻によって資源の価格が高騰するだけでなく、ロシア、イラン、中国と先進国G7が冷戦時のように分断し、対立する構図と なっています。世界の流れとしては、ロシア、イラン、中国、インドがCO2排出削減に取り組むはずがない中で、エネルギーコストを上昇させるCO2削減に真面目に取り組む国はほとんどないのです。


ロシアや、テロを支援するイラン、米国を凌駕すべく軍事力を増強する中国が、敵であるG7の説教に応じて、豊富に有する石炭、石油、ガスの使用を止めるなどありえない(p3)

ウクライナ侵攻がESGs考慮を破壊

実際、2024年4月に、スコットランドは1990年比で2030年CO2の75%削減目標を撤回しています。自動車によるCO2排出量は、日本は23%減で、イギリスが9%減、フランスが1%減で、ドイツは3%増、米国は9%増です。


世界最大の資産運用会社ブラックロックは、2020年に石炭を販売する企業への投資をESGの観点から行わないことを決めました。ところがウクライナへのロシア侵攻後、2022年に英国議会の委員会で、ブラックロックのCEOは、脱炭素方針を放棄したことを明らかにしているのです。


2023年には米国連邦議会の上下両院で、年金基金によるESG考慮を否定する決議が採択されました。2023年には、米格付け会社S&Pグローバル・レーティング社がESG定量評価の公表を中止しました。


また、2024年3月には米SECは、気候情報開示新規則からスコープ3義務化を削除しました。スコープ3は、取引先など他社の排出量も把握する必要があり、大きな負担となるからです。著者はこのような状況にもかかわらず、2024年2月現在、日本の金融庁が上場企業に対して気候情報としてスコープ3の算定と情報開示を義務化する方向で検討していることに、警鐘を鳴らしています。


ロシアによるウクライナ侵攻は、ESG投資をどこかに吹き飛ばした(p36)

CO2ゼロはエネルギーコストを上昇させる

著者が怖れるのは、日本がドイツなどEUの一部と共に自滅的な脱炭素政策を続けることです。多くの国はCO2ぜロを宣言していますが、実体を伴わず、本当に実施してエネルギーコストが上昇しているのは、日本と英独などEUの数ヶ国くらいなのです。


そのEUでは炭素税をかけて、輸入品に対し国境で製品製造時のCO2排出量に応じ課税する計画です。炭素税はCO2の1トン当たりスウェーデンやスイスで100ユーロを超え、ドイツは45ユーロ、日本は3ユーロくらいです。ただ、欧州排出量取引制度(EU-ETS)には抜け道があって、エネルギー使用量が大きい企業には無償で排出枠が与えられています。EUのFITが産業用電力に賦課金を免除しているのと同じように、抜け道が用意されているわけです。


また、ウクライナ戦争でロシアの安いガスが輸入できなくなったため、ドイツでは余裕がなくなっています。最近、農耕用ディーゼル燃料の税免除を廃止すると発表して、農民が大規模なデモが起こっています。日本でも同じようなことにならないことを祈ります。


ドイツの気候政策・・・・エネルギー多消費の産業が生産を縮小したり、国外に生産拠点を移したり、あるいは倒産してしまった(p99)

国破れて脱炭素あり

日本はこのまま2050年CO2排出ネットゼロを真面目に守って、自滅するのでしょうか。著者は「国破れて脱炭素あり」は無意味と警鐘を鳴らしています。私個人としては、楽観していません。なぜなら、日本の官僚はバブル崩壊にしても、半導体協定にしても、京都議定書にしても、日本の経済が悪化しても、自分の給与はあまり変わらないので興味がないからです。


京都議定書の時のように、日本だけが負担を強いられて終わるというシナリオも覚悟しなくてはならないと考えています。「国破れて官僚あり」になるのかどうか、今後の進展を見ていきましょう。杉山さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言

・2024年3月末、裁判所の指示により、(ドイツ)経済省がようやく、脱原発の決定された経緯が記録された文書を開示した・・・原発がなくなれば電気代が上がり、経済が立ち行かなくなるという報告を受けていながら、ハーベック氏(ドイツ経済相)がそれを無視していた(p102)


・オランダはEUの決めた窒素の基準値を一度も守れずにきたため、政府は2019年に、「2030年までに窒素の排出を50%削減」という過激な目標を打ち出した・・4~5万軒ある農家のうちの1万1200軒が廃業・・という試算(p86)


・先進国の理念的な化石燃料フェースアウト論はロシアと中東諸国の連携を強めることにつながっている・・COP28において化石燃料フェーズアウト論に真っ向から反対したのはロシアとサウジだった(p121)


▼引用は、この本からです
「SDGsエコバブルの終焉」杉山 大志
杉山 大志、宝島社


【私の評価】★★★★☆(82点)


目次

第1章 SDGsエコバブルの終焉
第2章 環境原理主義への反乱
第3章 地球温暖化説の崩壊
第4章 世論操作・偏向メディアの欺瞞
第5章 日本人を脅かす危機



著者経歴

杉山大志(すぎやま たいし)・・・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。東京大学理学部物理学科卒、同大学院物理工学修士。電力中央研究所、国際応用システム解析研究所などを経て現職。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)、産業構造審議会、省エネルギー基準部会、NEDO技術委員等のメンバーを務める。産経新聞「正論」欄執筆メンバー。


川口マーン惠美:(かわぐち まーん えみ)・・・作家(ドイツ在住)。日本大学芸術学部卒業後、渡独。1985年、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。著書に、『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実 2011-2019』(グッドブックス)、『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)ほか多数。2016年、『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)で第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)で第38回同賞・特別賞を受賞。


掛谷 英紀(かけや ひでき)・・・筑波大学システム情報系准教授。1970年大阪府生まれ。東京大学理学部生物化学科卒業。同大大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て現職。専門はメディア工学。


有馬 純(ありま じゅん)・・・東京大学公共政策大学院特任教授。1982年、東京大学経済学部卒業、同年、通商産業省(現経済産業省)入省。OECD(経済協力開発機構)日本政府代表部参事官、IEA(国際エネルギー機関)国別審査課長、資源エネルギー庁国際課長、同参事官などを経て、2008年、大臣官房審議官地球環境問題担当。2011年、JETRO(日本貿易振興機構)ロンドン事務所長兼地球環境問題特別調査員。2015年8月より東京大学公共政策大学院教授、2021年4月より同大大学院特任教授、現職。21世紀政策研究所研究主幹、RIETI(経済産業研究所)コンサルティングフェロー、APIR(アジア太平洋研究所)上席研究員、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)シニアポリシーフェローを兼務。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)『第六次評価報告書』執筆者。これまでCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)に15回参加。


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