「なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議」半藤一利

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なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議 (文春新書)

【私の評価】★★★★★(90点)


■1976~1978年に雑誌『偕行』に掲載された
 旧陸軍参謀による座談会
 「大東亜戦争の開戦の経緯」を
 再構築したものです。


 太平洋戦争の前後に陸軍の中枢部にいた
 高級将校の証言集となっています。


 陸軍側から見た太平洋戦争の反省会であり
 海軍側から見たものではないという点を
 割り引いても、
 当時の雰囲気を感じることができました。 


・陸軍は、海軍に戦さに勝ってもらわなければ困るけど、
 あんまり勝ち過ぎて軍艦マーチばかりやられるのは
 気持ちよくないというような感情も、
 ずっとありましてね。どうも私が思いますのに、
 海軍の方も、陸軍に、なるべく勝つ範囲では
 入ってきてもらいたくないということがある。
 そういうような陸海軍の極めて低劣なる対立感情
 というようなものが作用しまして・・(松田)(p274)


■まず、大きなテーマは
 日独伊三国同盟でしょう。


 松岡外相としてみれば、
 強いドイツと手を結んで
 対米交渉を有利に進めたい
 というものだったようです。


 ところがアメリカを牽制できるどころか
 アメリカを怒らせるだけだったのです。
 アメリカは日本を敵視するようになる。


 やろうとしていることと、
 現実とが全く合っていない。
 現実の社会情勢が把握できていなかった
 ということなのです。


 ただ、下の意見が
 上に報告されない状況にあり、
 都合の悪い意見は黙殺されたようです。


・僕はアメリカから帰りまして、・・
 世界情勢を判断するに、近い将来に
 ヨーロッパで戦争が起きる・・
 他人の喧嘩するところに踏み込むのは、
 日本の国策上、適当でないというのが
 結論でした・・・樋口季一郎さんが
 私の部長(参謀本部第二部)で・・・
 しこたま叱られました。三国同盟を
 やろうとしている場合に、このような
 書類を出すのは、結局三国同盟に
 入るなという結論ですから・・
 (杉田)(p30)


■また、なぜ勝てない対米戦争を
 行うことになってしまったのか。


 そもそも油、鉄など戦略物資を
 アメリカに依存しており、
 戦争となれば物資が不足する。


 あらにアメリカの経済規模は日本の
 数十倍であり、長期戦になれば
 勝てる見込みはないというのは、
 だれもが知っていたのです。 


 つまり、アメリカと戦争しながら、
 南方から資材を安定的に調達するか、
 短期間でアメリカが和平に合意するしか、
 戦争に勝つ可能性はなかったのです。


 他に道はなかったのか・・・
 三国同盟を離脱し、
 時間稼ぎをすることはできなかったのか・・
 もう少し研究が必要なようです。


・僕は油や鋼材の関係とか物の関係からして、
 アメリカと戦争しても駄目じゃないかということを
 話すわけです。当時、燃料課にはアメリカへ
 行っておられた中村儀十郎さんがいるわけだ。
 それで聞くと「いや、君、上へは話せないんだよ」
 という。だから僕は、燃料課長をやっている人が
 上の方へ話せないなんて「あなた、
 しっかり言わなきゃいかんじゃないですか」
 と言っても、もうサジを投げたような
 格好だった(杉田)(p199)


■陸海軍が半目しあい、統合されていなかった。
 反対の情報が上に行かない雰囲気があった。
 海外の情勢が分かっていなかった。
 作戦はあっても戦略(目的)がなかった。


 こうした欠点は、現在の日本社会にも
 存在するように感じました。


 最後に、明治から昭和となり
 戦争を知る人が少なくなっていたという
 発言に納得しました。


 戦争がいやなら、戦争を研究し、
 戦争に詳しくなければならないのです。


 半藤さん、
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・15年9月4日に至って突如として
 対米軍事同盟に変わってしまうんです。・・
 松岡洋右外相の胸三寸によって、
 対英政治同盟が対米軍事同盟に変わる・・
 僅か三日間で、電撃的に対米軍事同盟が
 成立します(原)(p23)


・参謀次長か、あるいは部長にアメリカに
 おいでいただいて・・・生の目で見て
 いただきたいと意見具申した・・・
 「アメリカが杉田に、ほんとに、そういう
 ところを見せるはずない。それは、
 向こうの宣伝だ」・・「お前の言うことは
 海軍の言うようなことだ」といわれたことを、
 記憶しておりますがね(杉田)(p70)


・日独伊三国同盟はアメリカを牽制するどころか、
 唯一の"敵視"すべき大国としてかえって
 怒らせ、くず鉄の対日輸出全面禁止という
 敵対行動にださせた・・(半藤)(p76)


・僕は兵站総監部参謀になって、よく、
 次長(沢田茂)に呼びつけられました。
 「君は、俺の部下でもあるんだ。あんまり、
 悲観的なことを言うなよ」と・・・
 辻(政信)さんなんか、開戦前に、
 兵站班長でしたが、会議室に入るとき
 入口で呼び止めて、「お前、この会議に
 同意するのか、しないのか、同意しないなら、
 会議したってしょうがない」と・・・
 言うならば脅迫されたりして、・・・
 当時の空気では「駄目です」なんて、
 言えんものがあった(p100)


・連合艦隊司令部から提示されてきた作戦案
 (ハワイ作戦)をめぐって、軍令部では
 猛反対で聞く耳もたず。絶対不承知の言葉が
 渦巻いていました。海軍当局が陸軍に
 それを提示することなど、およそありえない
 ことであったのです・・・連合艦隊先任参謀
 黒島亀人大佐が顔を真っ赤にして言い切りました。
 「軍令部は総がかりでハワイ作戦を放棄せよ
 というのですか。それなら山本長官は辞職する
 といっておられる・・・」・・・
 永野(修身大将)はこういったというのです。
 「山本にそんなに自信があるというなら、
 希望どおりやらせてやろうじゃないか」・・・
 軍令部の参謀たちは、主作戦はあくまでも
 南方諸島攻略、真珠湾はその支援のための
 従の作戦として、渋々とこれを認めることに
 しました・・元軍令部参謀の何人かは
 真珠湾攻撃を戦後になっても認めようとせず、
 山本が余計なことをやったために、
 と口惜しがっていました(p206)


・戦争準備は、国家の戦争決意なくして
 やるべきではないというのが、田中新一
 作戦部長の強硬な主張です。ところが、
 海軍はそうではない。なんでもいいから、
 準備だけやってしまおうというんで、
 どんどんやってしまっている・・(原)


・対ソ作戦計画がある。対支作戦計画はある
 けれども、対南方作戦で対米作戦計画
 というのはない。そこに、問題があるんです・・・
 アメリカというものに対する認識が、
 開戦当初からなかったということです
 (杉田)(p248)


・南洋委任統治領というものは、ワシントン会議で
 武装しないということが決められとるわけだ。
 ところが、あそこの地域は海軍が自分の領域だ
 というような関係があって、陸軍が南洋地域に
 入るのを余り好まなかった・・・弾薬だって
 そう大してないんですよ・・長期持久の準備
 というものは、一つもないわけです
 (杉田)(p268)


・私どもは太平洋戦面に陸戦が生起するとは
 夢にも考えていなかったでしょう。
 陸軍では一兵も配備する計画はないですよ。
 それは大艦・巨砲、艦隊決戦で、太平洋戦面の
 作戦は決まると考えていた。だから、
 軍事専門家の貧困によって、戦略において
 負けたと私は思うんです(原)(p276)


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【私の評価】★★★★★(90点)

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■目次

第1章 三国同盟―積極的ではなかった陸軍
第2章 北部仏印進駐―海軍とのかけひき
第3章 南部仏印進駐―アメリカの反応を見誤る
第4章 独ソ開戦―「北進」か「南進」か
第5章 御前会議―まだ開戦に慎重だった陸軍
第6章 東条内閣の成立―開戦への決意
第7章 対米開戦―いかにして戦争を終わらせようとしたのか



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