「グリーンファーザーの青春譜―ファントムと呼ばれた士(サムライ)たち」杉山龍丸
2017/11/03公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(84点)
要約と感想レビュー
杉山 龍丸とは
著者の杉山 龍丸(たつまる)とは何者なのでしょうか。父は、作家の杉山泰道(ペンネーム夢野久作)。祖父は、明治の大アジア主義者で政財界の黒幕といわれた杉山茂丸です。著者は、若くして祖父、父を亡くし、家族を支えるため陸軍士官学校から航空技術将校となり満洲に赴任しました。太平洋戦争ではフィリピンに転進し、破損した戦闘機を整備、修理して「幻の戦闘機隊」と米軍から怖れられたという。この本は、フィリピンでの整備日誌から戦場の現実を再現する一冊となっています。
日本の軍人の印象は、いかがわしい考えの人や特異な性格の人が多かったという。飛行団長以上の指揮官、司令部は、米国の原爆を知ってからは「杉山ぁー、玉砕だっ!」と言いながら、酒を呑んでいたという。特に中級の将校の数を増えたため、多くの問題がある人々が将校の地位にあったのではないかと分析しています。
・当時の陸軍は航空部隊の作戦を行うにあたって、このような部品や器具・工具・機械等の問題は全く考慮しない。そこには日本陸軍では「技術・整備の現場を知らない上層部が現場を軽視するという問題」があり、私はこれが大きな欠陥であると考えていた(p23)
日本陸海軍将校は実戦経験がない
整備将校として奮闘する中で、軍司令部や現地参謀の指示は支離滅裂で、著者は現場で苦労することになりました。日本陸海軍の高級将校は実戦経験がなく、近代戦や武器・装備についての素養も乏しく欠陥のある人が多かったと嘆いています。例えば、欧米のABCD包囲網を突破するために、南方のボルネオ、ジャワ、スマトラ等の石油、油井を確保すれば何とかなると思って、南方に進出し、シンガポールを陥落させました。石油は確保したものの、日本としてどうした未来を作っていくのか戦略もなく、戦勝の勢いで英国からの和平の申し出を蹴ってしまったことを著者は批判しています。
実際、フィリピンのマニラの軍司令部を見ていると、本格的な戦争に勝つ武器も体制も全くできていないというのが著者の実感だったというのです。日本の陸海軍は、植民地軍や満洲その他の匪賊、馬賊、軍閥の私兵に勝つことはできても、近代的な戦争の準備ができていなかったと総括しています。著者はフィリピンで補給がないことから、現場に大破、中破して置いてあった隼戦闘機を修理して戦闘に復帰させていたという。
・航空軍の参謀といわれる人も近代戦における航空機の素養が全くなくて、大正、昭和初期の大陸軍、大陸での地上戦のみの知識と経験した持ち合わせがないのみか、これらの人々は実戦の経験が全くない。文筆やおもねることを主眼とした出世主義の人々のみであることを証明する応答となった(p112)
戦争を止めることはできない
著者は、陸軍士官学校時代、戦争を中止させるために、祖父のつてで近衛文麿公、頭山満翁、広田弘毅と面談し、戦争中止の説得を試みたという。恐るべき行動力と見識ですが、日本の指導者と面談してわかったことは、一度戦争が始まってしまえば行くところまで行かねば戦争を止めることはできないということです。
著者は戦後、「アジアのために金を使え」という親の遺言に従い、インドの緑化事業に生涯を捧げ、「インドのグリーンファーザー」と呼ばれたという。こんな人がいたのだな・・と驚きました。杉山さん、良い本をありがとうございました。
この本で私が共感した名言
・戦争は膨大な資源と資材を浪費して、暴力の限りを尽くし破壊を行なう行為である・・愚かといっても、これくらい愚かなものはない。しかし、人間の運命はその愚かさの中にある(p182)
・私には気になっていることがあった。それは秘密通信の乱数表を入れた軍用行李のこと・・非常の場合すなわち米潜水艦に攻撃されて、この扶桑丸が沈没する時に軍用行李がこの船と共に沈んでしまうように鉄片の重しをつけて、さらにこの扶桑丸に固定してしまうことを行え」と命令した。しかし、この二人の下士官は「たとえ部隊の指揮官がいかなる命令を出しても『この軍用行李を生命をかけて守れ』と命令されている以上、軍用行李と共に死ぬ覚悟であって・・といって私の命令に従うことを拒否した(p52)
・過去の成功体験に溺れ、日進月歩の技術革新に遅れ、過去のことに固執する人々は、極めて頑固であり、自由な発想方法を持たぬばかりでなく、部下にも自由な発想を持たないことがよいと考えていると思われる場合が多いからである・・大本営以下司令部の人々が近代戦における部隊運用、兵器の進歩、作戦連絡などの研究を怠り、それが特に情報判断、戦力判断等の運用面において、大きな欠陥となっていたように思われる(p236)
・日本の飛行機は当時、各シリンダーに点火する点火栓へ行く高圧電線の被膜にゴムが使ってある発動機だった。米軍の被覆材は合成樹脂(プラスチック)で電気の絶縁が完全であるのに対して、日本軍のゴム被覆は温度と振動で早く劣化して亀裂を生じ、そこに雨水や水分が進入して絶縁を悪くする(p247)
▼引用は下記の書籍からです。
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【私の評価】★★★★☆(84点)
目次
第1章 「幻の戦闘機隊」の誕生
第2章 フィリピンへの派遣
第3章 地獄の海上輸送作戦
第4章 飛行第三十一戦隊の作戦準備
第5章 特攻隊攻撃
第6章 戦隊全滅と再建
第7章 レイテ総攻撃戦
第8章 飛行第三十一戦隊終焉への戦い
著者経歴
杉山龍丸(すぎやま たつまる)・・・1919年生福岡市生まれ、1987年歿。祖父杉山茂丸、父杉山泰道(夢野久作)。陸軍士官学校を経て陸軍航空技術学校進学、1943年卒業。飛行第31戦隊整備隊長、フィリピン隼集成整備隊長を歴任。戦後は千葉県稲城の引揚援護局に勤務。日本の農法と技術によりアジアにおける貧困根絶を企図して1955年に国際文化福祉協会を創設。1962年からインド訪問を始め、飢餓状況の調査を経て緑化事業を志し、親から受け継いだ杉山農園の地所を売却してその費用にあて志を果たす。
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