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【書評】コメ価格高騰の理由「日本一の農業県はどこか:農業の通信簿」山口亮子

2025/05/27公開 更新
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「日本一の農業県はどこか:農業の通信簿」山口亮子


【私の評価】★★★★★(90点)


要約と感想レビュー


政府備蓄米の放出をどう見るか

農林水産省が、コメの価格を下げるために政府備蓄米を安く売り渡す方針を公表しています。マスコミは好意的に報道していますが、これをどう見るのか?ちょうどいい本がありましたので紹介します。


まず、政府備蓄米とは、冷夏による米不足をきっかけに、1995年から100万トン程度の米を保管しているもの。毎年20万トン程度購入しており、主食用米の生産量が2022年で670万トンなので、流通量の約3%が毎年購入され、約15%が倉庫にあるというイメージです。


今回の政府備蓄米の放出と同じようなことを、2023年に東京都が行っています。「東京おこめクーポン事業」として、所得の低い世帯支援として、住民税が非課税の世帯に1万円相当、約25kgのコメを配布したのです。東京都内で4万トンのコメが配布された結果、どうなったのでしょうか?


配布された世帯がコメを買わないので、都内の店ではコメの売れ行きが悪くなり、コメの流通が混乱し、民業圧迫ではないかと批判されました。また、コメがまずいとか食べられないといった苦情も寄せられたという。


今回は30万トンですから、コメの価格を下げる効果はあるのでしょう。しかし、高値でコメを仕入れたお店もあるわけで、市場経済の価格を短期間に恣意的に操作しようとすれば、ある業者は大儲け、ある業者は大損害と民間企業の経営を混乱させるはずです。


コメの価格が下落しないように減反や備蓄で需給を引き締めてきて、やっとコメの価格が上がったと思ったら、いきなり価格を下げようとするのは、関係者から見れば、単なる選挙対策、愚かなマスコミ報道のミスリード、政策として一貫性のなさにしか見えないのです。


備蓄米制度・・・100万トン程度を備蓄するよう、毎年米を買い付けて保管している。主食用米の生産量は、2022年で670万トンなので、約15%を備蓄している・・15%のコメを市場から隔離することで、米価の下落を防いでいると言える(p66)

日本一の農業県は?

さて、この本のタイトル、日本一の農業県はどこなのでしょうか。大切なのは、何を指標に農業県として評価するのか?ということです。


著者の提案は、「1円の農業予算が生む農業産出額」で比較することです。つまり、農業予算を投下して、民間でどれだけ成果を出すことができたのか、県別に農業予算の費用対効果を評価するのです。


2021年度の上位は次のとおりです。
 1位 群馬県 13.02
 2位 茨城県 12.99
 3位 栃木県 11.02
 4位 宮崎県 10.91
 5位 青森県  9.91 
 6位 鹿児島県 9.38・・


1位の群馬県は著者も意外だったようで、群馬県の秘密は、野菜37.1%、畜産48.2%合わせて85.3%という農業産出額の内訳にあります。儲けの大きい野菜、畜産に全集中しているのです。


逆に1円の農業予算が生む農業産出額2021年度を下位から見ると、次のとおりです。米どころほど成績が悪いのです。
 47位 石川県 1.65
 46位 福井県 1.81
 45位 富山県 1.89
 44位 沖縄県 2.14
 43位 島根県 2.38
 42位 東京都 2.64


群馬県・・野菜王国に加え、「畜産王国」や「豚肉王国」といった呼び名もある(p29)

農業は産業

では、儲けの大きい野菜、畜産に集中すればいいじゃないかと思うかもしれませんが、果樹・野菜・畜産は高い売上が期待できる一方で、手間がかかり、肥料・農薬・飼料、ビニールハウス、暖房などのコストがかかります。例えば、野菜は人手に頼る部分が多く、10アール当たりの労働時間でみるとコメの全国平均は22時間、夏秋トマトの施設栽培は464時間、冬春ピーマンは1506時間かかります。


野菜栽培技術でも、25年前くらい前のオランダの農場ではホワイトボードに温度、湿度、炭酸ガス量などを記録して、農家どうしが毎週集まって議論していたという。野菜、畜産は産業であり、経営技術が必要なのです。2009年に高知県がオランダと「友好園芸農業協定」を結んだときは、キュウリとナス、トマトの収穫量を比べると、オランダは高知の2~4倍だったというのです。


この本では、オランダのようにデータを駆使した効率的な栽培で、キュウリを栽培する高知県南国市の下村青果商会を紹介しています。下村青果商会では、販売先も卸市場を経由した流通ではなく、量販店や加工業者向けに全量を契約販売しているのです。キュウリは豊凶の差が出やすく貯蔵できないので、安定した契約栽培を選んだのです。


1億円以上を稼ぐような大規模な農家だと、普通の農家の6倍くらいの高い労働生産性を持つから、全産業の2倍くらいの労働生産性は持っている。そうすると、農業はすでにりっぱな産業なんですよ(大泉一貫)(p149)

補助すれば弱くなる

面白いのは、農林水産省の元事務次官 奥原正明氏のコメントでしょう。「国が補助すればするほど、農業の成長が阻まれてしまう。」バラマキが止まらないのは、農業団体がそれを求め、自民党は選挙を考えてそれに応えようとするからと言っているのです。


今、農家の世帯員1人当たりの農業所得は年間40万円以下です。時給に換算したら、最低賃金を下回ります。このような零細で儲からない農家が生き残るための政策を続けた結果、農家の平均年齢は2022年に68歳となり、70歳を超えた農家の多くは引退することになります。


安倍政権では「農業の成長産業化」を政策としていましたが、「農業を儲けで語るとは何ごとか」と農水省経由でJAグループから批判されていたという。


最後に農水省の予算の内訳を紹介しましょう。2兆3000億円弱の予算のうち、6000億円近くが水田農業に関連する事業に使われています。その多くは、コメの需要の減少に対応して、コメの価格を下げないための後ろ向きなものです。水田を中心とする農村に関する事業まで含めると、予算は毎年1兆円を超えるのです。


農林水産省は答えはわかっているけれども、身動きが取れないのでしょう。たいへんですね。山口さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・農水省の元事務次官である渡辺好明さん・・カロリーベースの食料自給率は・・財政当局に予算を要求する道具・・論より証拠で、カロリーベースの自給率なんて、日本以外に計算して発表している国はほとんどないですよ・・スイスとノルウェー、韓国だけだ(p232)


・1995年・・東京大学・・経済学部の植田和男教授・・「8兆円のものをつくり出すために日本経済は農業部門に9兆円の補助金を与えていることになる」との試算を紹介したうえで、当時の消費税の税収が6~7兆円であることを引き合いに・・農業保護全体的にやめれば消費税をやめてしまってもいい。それでもおつりがくる(p98)


・農地中間管理機構は機能していない。農家が土地を手放さないのは、ここにスーパーが来るとか、国が道路を建設の予定とかなれば農地が10倍以上値上がりするから、そういう機会を待っている(宮城弘岩)(p122)


▼引用は、この本からです
「日本一の農業県はどこか:農業の通信簿」山口亮子
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山口 亮子(著)、新潮社


【私の評価】★★★★★(90点)


目次


第1章 コスパ最高の農業は群馬にあり
第2章 コメだけやっていても先がない
第3章 サトウキビで太り過ぎの沖縄農業
第4章 海外に伍する産地―労働生産性と土地生産性
第5章 農地の集積―農業における最大の課題
第6章 食料自給率―むしろ有害なガラパゴス指標


著者経歴


山口亮子(やまぐち りょうこ)・・・ジャーナリスト。愛媛県生まれ。京都大学文学部卒。中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。時事通信記者を経てフリーに。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手掛ける株式会社ウロ代表取締役


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