人生を変えるほど感動する本を紹介するサイトです
本ナビ > 書評一覧 >

【書評】「対馬の海に沈む」窪田新之助

2025/12/17公開 更新
本のソムリエ
本のソムリエ メルマガ登録[PR]

「対馬の海に沈む」窪田新之助


【私の評価】★★★★★(93点)


要約と感想レビュー


長崎県JA対馬の22億円横領事件

2019年、長崎県JA対馬で、農協職員が22億円を横領する事件が発覚しました。そして、横領した本人は、対馬の海に車ごと転落して自殺したのです。


著者はJAで不祥事が頻発するのは、共済商品の営業に過大なノルマがあり、職員が自分で金を出して契約する「自爆」を強いられているからだと考えていました。そうした仮説のもと、この事件を調べ始めるのです。
 

農業協同組合(以下JA)の組合員数は約1036万人(2021年度)。JA共済連の総資産は57兆円。農林中央金庫の貯金残高は,2023年度末時点で108兆円。JAは農業の専門集団というより、金融の専門集団です。


子会社と作らずとも生命・損害の両方の保険・共済を扱えるのはJAだけの特例であり、共済事業の営業をするのがJAの職員約19万人の中の約2万人「ライフアドバイザー(以下LA)」なのです。


亡くなったのは,対馬業農共同組合(JA対馬)の正職員西山義治。享年44だった(p11)

横領事件の経緯

自殺した西山はLAとして、2281世帯4047人分の契約を取っていました。対馬の人口は1万5110世帯3万901人なので1割以上です。西山の容貌は、茶色に染めたパンチパーマに眉を剃ったヤンキー風であったという。


西山は自分と妻,三人の子どもを契約者にして共済に年4027万円も払っていました。西山の年収は多くても4000万円ほどだったので異常な数値です。西山は共済を契約している建物の被害を捏造し,振り込まれた共済金を着服していたのです。


著者の疑問は、口座の名義人でないはずの西山が,なぜ窓口で金を引き出せたのか。顧客に無断で契約するときに、なぜ農協内で書類がチェックされなかったのかということです。


まず、西山は顧客から通帳を預かってその「借用口座」や顧客に無断で作った「借名口座」から入出金していました。また、農協内では同僚が西山に印鑑を預け、契約書の偽造も手伝っていたというのです。


西山は、農協内で「俺の軍団に入らないか」と支店や本店の共済事業の担当者を誘っていました。西山軍団に入ると、支店の共済のノルマやスーツや雑誌など物販のノルマは、すべて西山が一人でこなしていたという。


地域で大きな自然災害があった場合,顧客に無断で契約した家屋が無償だったとしても,西山は被害に遭ったように見せかけて,共済金をせしめていた(p89)

浮かび上がった農協内部の関与

関係者の発言をまとめてみましょう。


JA対馬から管理責任として損賠賠償を求められている前組合長の桐谷安博は、「支店の連中がぐるになっとんじゃねえか」と発言しています。


当時,常務だった松村征彦は豊田に対して「収益のためには目をつぶらなきゃいかん」と発言しています。


JA対馬の関係者は,「JA共済連は今回の事件で被害者面をしているけど,ずっと西山のことを持ち上げてきたじゃないか」と証言しています。


西山の母梅子は、「共済連の人たちが対馬に来てね,一層営業するよう要請してた・・・佐々木富雄組合長が「西山君が共済をよう頑張ってくれるけん,職員の給料がまかなえる」って話したことは忘れません」と証言したという。


西山が不正を加速したのは、2018年からの組合長と専務,常務の現執行部が始まったころからという証言もあります。JA対馬の職員だけでなく役員までもが,西山の不正に多少なりとも関与していたと著者は結論づけています。


JA共済連長崎が認識したうえでその被害を黙認してきたのは,彼らがノルマを課せられているからだと考えるのが妥当である・・・西山に,もっとやれ,もっとやれって,けしかけてましたから(p223)

日本的な組織を守る文化

2019年に事件が発覚する前に、内部告発をしていた職員が二人いました。


2011年、西山の上司である小宮厚寛は、告発書の写しを,当時の組合長、専務,常務と共済部長に提出しました。だが,彼らは告発書を黙殺し、2012年度の人事異動で小宮は,職員が二人しかいない事務所長に左遷させられるのです。


また、その数年前,西山の上司の豊田修二も告発しましたが、直後の人事異動で同じ事務所に左遷させられています。豊田修二が降格させられたのは吉野栄二組合長の時代,小宮が降格させられたのは桐谷安博組合長の時代でした。


2016年、豊田修二は,本店の総務部長と共済部長,代表監事に報告しています。しかし、三人は豊田の告発は、「記憶がない」と答えているのです。


長崎県内のJAを監査するJA長崎県中央会の職員がJA対馬の監査を行ったが、またもや表沙汰にならなかったという。その職員は,事件が発覚すると,賞罰委員会を構成する一人となったというのですから、この本の出版を恐れていることでしょう。


「西山はずっと踊らされてきたんです」初めて会ったとき,小宮はこう語っていた・・・その舞台をともに作り上げてきたのは,ほかならぬJAグループの関係団体に加え,JA対馬の役職員と組合員である・・彼らは日本一の踊り手を手放しで褒め称えた(p318)

現場には被害者のいない事件

著者が西山の顧客を取材していると「西山のことを悪く言う人はいない」とよく言われたという。なぜなら、西山は10万円の共済金を50万円に査定して通していたというのです。契約者に儲けさせて、契約を増やしていったのです。


事件が発覚して、事情を聴取された顧客は,西山が行った契約の変更や転換は「同意の上だった」と答え、西山を庇いました。顧客と西山は利益共同体だったのです。だから、西山は,顧客から通帳や印鑑を預かって、顧客は儲けさせてもらっており,文句を言うはずもなく、事件は発覚しなかったのです。


結果として,西山の死によって、西山から利益を供与されていた人と組織は普通の生活を続けています。さらには、西山を批判することで、自らの身を守ろうとする人たちがいるということに著者は寂しさを感じるのでした。


外務省で総理の外遊時の経費10億円を不正に引き出して、馬主となり、愛人を囲っていた松尾克俊を思い出しました。


また、ここでは書きませんが、なぜ西山が死を覚悟したのか、その背景と環境変化まで調査を行い、解説している著者の追求力に感服しました。文句なく★5とします。窪田さん、良い本をありがとうございました。


無料メルマガ「1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』」(独自配信)
3万人が読んでいる定番書評メルマガ(独自配信)です。「空メール購読」ボタンから空メールを送信してください。「空メール」がうまくいかない人は、「こちら」から登録してください。

この本で私が共感した名言


・保険各社の利率は,金融庁が発表する「標準利率」を参考にしている。その「標準利率」は1990年代前半は5%台だったが,現在は0%台にまで落ち込んだ・・このため保証額を同じにして切り替えると,損をするだけである(p68)


・JA共済の商品は安くない。むしろ,高い。総じて積立部分が多いので,その分だけ掛け金が高くなりがちである。これはJAグループの関係者が言うところだ(p73)


▼引用は、この本からです
「対馬の海に沈む」窪田新之助
Amazon.co.jpで詳細を見る
窪田新之助 (著)、集英社


【私の評価】★★★★★(93点)


目次


序章 事故
第一章 発覚
第二章 私欲
第三章 軍団
第四章 ノルマ
第五章 告発
第六章 責任
第七章 名義人
第八章 共犯者
終章 造反


著者経歴


窪田新之助(くぼた しんのすけ)・・・ノンフィクション作家。1978年福岡県生まれ。明治大学文学部卒業。2004年JAグループの日本農業新聞に入社。国内外で農政や農業生産の現場を取材し、2012年よりフリーに。


この記事が参考になったと思った方は、クリックをお願いいたします。
↓ ↓ ↓ 
 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


ブログランキングにほんブログ村



<< 前の記事 |

この記事が気に入ったらいいね!

この記事が気に入ったらシェアをお願いします

この著者の本 , ,


コメントする


同じカテゴリーの書籍: