「漱石先生、探偵ぞなもし」半藤 一利
2022/07/09公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★★(90点)
要約と感想レビュー
夏目漱石が小説を書きはじめたのは、日露戦争で日本軍が勝利し、日本中が興奮していた明治末期です。夏目漱石の本は、そのまま読んでも楽しめますが、皮肉屋の夏目漱石が当時の日本の風潮に何を考え、何を言いたかったのか、この本が解説してくれます。
漱石が「坊っちゃん」を書いたのは明治39年、東京大学の講師であったときです。当時、教授会が夏目を入学試験委員に選んだのですが、漱石はそれを辞退しています。単なる講師が教授会の決定を拒否するというのは前代未聞。漱石は面倒なことを講師に押し付けてくる教授会に頭に来ていたのです。
そこで漱石は「坊っちゃん」を書いたのです。「坊っちゃん」では赤シャツを着て、金鎖の時計と「帝国文学」という本を持って「ホホホホ」と笑う赤シャツという人物が出てきます。赤シャツこそ東京大学に多数生息する頭が悪いのに威張りくさっている漱石の大嫌いな教授たちなのです。
日露戦争勝利とその後の投機ブームと経済恐慌という中で、漱石は「三四郎」を書いています。そして「三四郎」で「日本も段々発展するでしょう」と言った三四郎に対し、かの男に「亡びるね」と言わせています。イギリス帰りの漱石は、当時の日本の一等国として調子に乗った風潮に一言いいたかったのでしょう。
・日本は西洋から借金(精神的文化的な)でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている(p13)
驚いたのは、安定した東京帝国大学の教師の職にあった夏目漱石が、「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」で小説家として名声を高めていた状況でも、安定した職を辞め、小説家として生きていくことに悩んでいたということです。当時の漱石の給料合計が月150円であったのに対し、「坊っちゃん」の原稿料が148円くらいでしたので、人気がいつまでつづくか保証のない小説家への転身に躊躇するのは当然だったのです。
さらに夏目漱石は子ども7人、妻の実家も破産して借金の山という経済状況は非常に厳しかったのです。それでも、毎年同じような講義を繰り返すだけの刺激のない教職より、創作が好きだったのです。そして、夏目漱石は「打死をする覚悟」で教師を辞め、作家として生きていく道を40歳で決心するのですが、月給200円で朝日新聞に転職し、朝日新聞への連載を続けました。夏目漱石は思ったより手堅い人だったのかもしれません。
・僕は打死をする覚悟である。打死をしても自分が天分を尽くして死んだという慰藉(いしゃ)があればそれで結構である(p129)
それ以外にも、なぜ東京高等師範学校で月給40円の教職にあった夏目漱石が、なぜ四国の中学校に転職したのかといえば、月給80円という高給に惹かれたと著者は推論しています。漱石が手紙に、金をためて洋行の旅費を作ると書いていることからもほぼ間違いないのでしょう。
また、「草枕」の中で椿の花を好んでいないように書いているところは、薩摩や長州の侍に支配された江戸っ子が、ツバキの好きな薩長の高官や士族をやゆしていると分析しています。当時の風潮を理解していなければ、まったくわからないことなのです。
歴史探偵というだけあって、文学とはこうして楽しむのだということがわかりました。私は理系なので、数学の問題を解くような面白さが文学にもあることに刺激を受けました。
半藤さん、良い本をありがとうございました。
この本で私が共感した名言
・明治37(1904)年・・煙草専売法・・「日の出」は店頭から消え・・敷島・大和・朝日・山桜の四種類の口付き煙草が売り出された・・・神風特別特攻隊の第一陣もまた、敷島・朝日・大和・山桜の四隊であった(p24)
・漱石流ユーモラスな当て字造語・・・化かす→婆かす。効果→功果。・・けつまずく→蹴爪づく。・・うろつく→迂路つく。・・勘違い→癇違い。(p69)
・漱石先生は、松山・熊本時代に千五百句余も俳句をつくっている(p99)
・「三四郎」には競馬で与次郎が馬券を買う話がでてくる。これだって、日露戦争の戦訓として・・・何とか頑強な馬を育てねばならない、ということから、日本で競馬が開催されるようになりました(p171)
・「坊っちゃん」・・天誅も骨が折れるな。これで天網恢恢疎にして洩らしちまったり、何かしちゃ、詰まらないぜ・・・老子の言葉から(p235)
【私の評価】★★★★★(90点)
目次
第1部 漱石文学を探偵する
第2部 中国文学と漱石俳句
著者経歴
半藤一利(はんどう かずとし)・・・作家、歴史探偵を自称。1930年東京生まれ。1953年東京大学文学部卒業。同年(株)文藝春秋入社。「週刊文春」「文藝春秋」各編集長、出版局長、専務取締役などを歴任、退社後、文筆業で活躍
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