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「聖徳太子はいなかった」谷沢 永一

2015/09/23公開 更新
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聖徳太子はいなかった (新潮新書)


【私の評価】★★☆☆☆(69点)


要約と感想レビュー

 テレビ番組で、「聖徳太子ミステリースペシャル」をやっていたので、手にした一冊です。聖徳太子はすごい!というテレビ番組と、聖徳太子はいなかった!という書籍とが存在するのはどういうことなのでしょうか。


 そもそも聖徳太子とは・・・日本書紀に出てくる厩戸皇子を平安時代の頃から聖徳太子と呼ぶようになったらしい。もともと、記録には聖徳とか天皇とか皇太子といった単語はなくて、後年に作った言葉なのです。


・推古紀の伝にあたる部分に、聖徳という文字が一回もあらわれない。ではどう呼んでいるのか。皇太子、である。ところで、皇太子という制度はこの時代にはなかった。・・そもそも、天皇という尊称もなかった。それなのに『書紀』は平気で、神武天皇をはじめ、歴代すべて天皇にしてしまっている(p22)


 その日本書紀は、壬申の乱の後に天皇となった天武天皇が編纂を命じたものといわれています。そうなると日本書紀は、天武天皇の正当性を証明する内容でなくてはなりません。その中で、厩戸皇子が神聖化されていったのでしょう。


 歴史書は数が限られ、その内容の正確性を現代に確認するのは難しいのです。聖徳太子はいたかもしれないし、いないかもしれない、確認できないというのが実態なのでしょう。


・天武天皇は、天智天応のもと皇太子になぞらえうる地位にあったであろう大友皇子(おくり名は弘文天皇)を、壬申の乱で死においやって即位した。・・それでは今後も皇太子を斃してよいのかね。とんでもない、それはイケナイ。皇太子は神聖であるぞ。・・聖徳太子の幻像は、政治の必要に対応して政治の力でつくられた(p215)


 記録がほとんど残っていない古代の歴史とは、罪作りだと思いました。なぜなら、今ある記録だけで、私たちは想像をめぐらせなくてはならないからです。だからこそ面白いことろもあるのでしょう。


 谷沢さん、良い本をありがとうございました。


この本で私が共感した名言

・日出ヅル処ノ天子、書ヲ 日没スル処ノ天子ニ致ス、ツツガナキヤ。これ、聖徳太子が、中国の隋の皇帝に宛てた国書である、と長いあいだ教えられてきた・・我が国のいかなる書き物にも、ぜんぜん載っていないのである(p7)


・古来、史料として『日本書紀』を研究した人のなかに、聖徳神話の記述を真実であると信じた人はいない・・聖徳神話は、あきらかに荒唐無稽である。しかし、時代がそのようなハナシを必要としていた(p55)


・十七条憲法の劈頭は次の句である。一曰、以和為貴、無忤為宗。・・一に曰く、和を以て貴しとす、さからうことなきを宗とす。・・日本人のいちばんいやがる一句である。忤、は、さからう、の意。(p88)


・問題は、法隆寺の薬師像、同じく法隆寺の釈迦像、そして中宮寺の天寿国繍帳それぞれの銘文である・・これらの銘文もまた、福山敏男をはじめとする研究によって、そこに用いられている、天皇、知識、仏師、などの語、あるいは歴代天応の和風諡号(おくり名)など、それらはすべて七世紀後半よりのち(厩戸皇子の没後ほぼ五十年)の作であることが明らかにされた(p198)


聖徳太子はいなかった (新潮新書)
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谷沢 永一
新潮社
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【私の評価】★★☆☆☆(69点)



目次

大いなる遺産―日出ヅル処ノ天子
鎧なき騎士―十人の訴え
鉄の爪―唐の太宗
散り行く花―大津皇子
開拓の道―生まれ変り
偉大な嘘―説話と実録
心の旅路―未来予知
黄金の腕―十七条憲法
戦略大作戦―藤原不比等
恐怖の報酬―逆ラウナカレ


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この著者の本 :


コメント(1)

★2つとはいえ、このようなとんでも本を取り上げた事に苦言を。
そもそも、学者は文書に拘りすぎ。
文書がなければ存在しないということなのか?
そんな馬鹿な事はない。

歴史の基本は口伝。
代々語り継がれていく物語。

封印された歴史が後から、記録に留め置かれるのはよくあること。
後から書かれたから、偽りだというのは愚かすぎる。

戦後、日本の歴史界は東大総長にコミュニストを据えた所からおかしくなった。

かつての偉人を小賢しい理屈ををつけて否定することが、日本の歴史界のトレンドになってしまったが、その裏に隠されたどす黒い陰謀に嵌ってはいけない。

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