【書評】「大前研一 日本の論点2026-27」大前 研一
2025/12/01公開 更新
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【私の評価】★★★★☆(87点)
要約と感想レビュー
日本の農林水産省の課題
毎年恒例、ビジネス誌「プレジデント」の大前研一さんの連載をまとめたものです。
まず、農業問題です。日本の農業従事者の割合は戦後の50%から現在1.6%、およそ100万人にまで減っています。それも農家の平均年齢は71歳で、今後引退する人が急増することが予想されます。そうした中で、日本の食糧流通を独占するJA(農協)は約500もあり、職員が約17万人もいるのは非効率と断言しています。
戦後の農家が半数であった時代の「農協」「官僚」「政治家」による利権構造が、現代まで温存されてきたというわけです。米の値段が下がらないのも、米の流通をほぼ独占している農協がコメを買い集めて、翌年余った分は備蓄米用に戻せばよい体制になっているからと説明しています。
大前さんが提示する良好事例は、欧米での科学的な農業・酪農・漁業です。例えば、オランダの温室栽培では、CO2濃度を高くして育成を促進し、水も自動制御で労働生産性は日本の10倍だという。また、デンマークの養豚では、1戸当たり平均5000頭を飼育し、飼料供給、搾乳、屠殺まで自動化されているというのです。
漁師の数は激減しているが、漁港の数は減っていない。漁港の9割は赤字であり、漁獲高より港湾の修繕費のほうが大きい。漁業補償や整備費という名目の公共事業が延々と続いているのだ(p22)
日本の移民問題
移民問題については、大前さんは現在の技能実習生や留学生アルバイトによる「隠れ移民」の大量導入に反対しています。「隠れ移民」ではなく、移民・難民の受け入れを正式に決定し、うまく受け入れる方法を確立するべしということです。例えば、国民の5分の1が移民であるドイツでは、2年間、移民にドイツ語やドイツの文化、生活習慣などを学ぶことを義務づけているという。
移民に反対する人も、移民に反対しているのではなく、不法残留者の犯罪や法律の穴を利用して稼いでいる実態を批判してるのであり、大前さんと同じ意見だと思います。不思議なところは、大前さんは不法残留者による犯罪を批判する人を移民反対の人といっしょくたにしてエセ右翼、移民排斥と批判しているように見えるところです。
また、異なる文化の人々を受け入れる以上、軋轢が生じるのは当然で、犯罪率が上がるかもしれないとしている点。そして、ドイツの移民政策はこれまで比較的うまくいっていたし、問題があれば必要な対策をとればいいとドイツの移民反対の風潮を無視して、気楽に話しているように感じるところが不安になります。
こうしたところが大前さんが東京都知事選挙で落選した原因なのではないでしょうか。
移民問題については、高市政権は不法残留者に厳しい態度を取ろうとしていますが、富裕層や能力のある人を移民として受け入れる仕組みを期待したいものです。
職になかなかありつけない若者は、「移民が自分たちの行く手を妨げている」と考えやすい(p216)
日本の国際関係について
高市政権は右傾化していると言われますが、大前さんの提案は極めて経済合理性を追求しています。
まず、靖国神社に祀られているのは戦死した軍人ばかりであり、あえて参拝する必要はない。昭和天皇は靖国に参拝していたが、A級戦犯の合祀以降は参拝を取りやめているとしています。
また、尖閣諸島についても、日本も中国も明確に統治していたわけではなく、棚上げでよいとしています。高市さんも同じ考えだと思いますが、どうなのでしょうか。
その一方で、憲法改正については、第二次世界大戦後、アメリカは6回、フランスは28回、ドイツは69回、イタリアも20回の改正を行っており、憲法改正していない日本が異常としています。
そのうえで、世界は今、分断と不確実性の時代に突入しているとし、アメリカの機嫌を窺うだけではなく、欧州、中国、インド、東南アジア、中東、アフリカとパートナーシップを築くことが不可欠としています。(高市政権も同じ考えだと思いますが、中国はそう思っていないようです)
なお、トランプ関税への対応で約束した5500億ドル(約80兆円)の対米投資については、事実上、日本には拒否権はなく、配当もアメリカが定めるみなし配当額までは日米で利益を半分に分け合うものの、それ以上は米90%、日本10%と不平等な内容であると断罪しています。
日本の不動産バブル・・金融機関は約100兆円の不良債権処理をしたと言われる。国は230兆円の金を使ったと当時の福井俊彦日銀総裁は国会で述べている・・中国の不動産負債は推計1000兆円に上る(p301)
高校無償化について
最後に「高校無償化」については、来年度からの実施を日本維新の会が自民党と合意しましたが、内容の詰めが不足しているとしています。仮に大前さんが「高校無償化」するなら、成人年齢を18歳とし、高校まで義務教育化して最後の1年は社会人教育を行い、卒業したら成人として扱うとしています。
高校無償化が実施された場合、先行して実施している東京や大阪と同じように、公立から私立へ優秀な学生が集中することが予想されます。つまり、私立も無償化されるとすれば保護者は子どもを私立の優良校に入れようとするわけです。
日本をよくするためにコンサルの視点で、幅広く本質を議論したいという大前さんの気持ちが伝わってきました。大前さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・マイナンバー・・日本では、国は市町村に丸投げ、市町村はベンダーに丸投げし、ベンダー各社は・・・競合他社に容易に切り替えられないような複雑なシステム開発を続々に始めたのだ・・・インドのような生体認証もなく、国内企業の優れた技術も活用できていない(p149)
・2025年6月21日深夜、アメリカがイランの核施設に空爆を行った・・・イスラエルとイランの「12日間戦争」は24日に停戦合意が交わされた・・(核)兵器開発を再び加速すればまた攻撃される・・北朝鮮の金正温氏は今ごろ青い顔をしているに違いない(p281)
・グローバルで見ると、東京や大阪の一等地はまだ安い。たとえば、香港のビクトリアピークで夜景が見えるマンションは60坪で15~60億円だ。東京や大阪も、条件によっては同水準に上がる可能性がある(p306)
・マッチングアプリならすぐ再婚相手を探すことができると考える。候補がたくさんいれば、結婚の決断は遅れる一方で、離婚の決断は速くなってしまう(p102)
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大前 研一 (著)、プレジデント社
【私の評価】★★★★☆(87点)
目次
【Part1:日本編】
巻頭言 日本の農業を蝕む構造的欠陥。今こそ農協を解体し、攻めの農業にシフトせよ
テーマ01 「自国ファースト」を掲げる愛国主義は、本当に日本を救うのか?
テーマ02 1年の短期で終わった石破政権が先送りした「日本の3大課題」とは何か?
テーマ03 少数与党の不安定政権。今こそ問われる首相に必要な要件とは何か?
テーマ04 戦後80周年を迎えた日本。なぜ新憲法を構想しなければならないのか?
テーマ05 なぜ農協の存在意義が、令和の米騒動で問われているのか?
テーマ06 出生率を改善し、日本の活力を守るために何を行うべきなのか?
テーマ07 高校無償化で、なぜ教育の自由と多様性が失われてしまうのか?
テーマ08 AI時代を迎えた今、日本の教育はどのように刷新していくべきか?
テーマ09 「原発再稼働」だけでは終わらない、日本が抱える構造的な課題とは?
テーマ10 システム障害が絶えない日本は、なぜデジタル後進国に堕したのか?
テーマ11 空前のSAKEブームで絶好調の日本酒の海外展開に課題はないのか?
テーマ12 「オリンピック」「万博」なぜ大阪は潜在力を活かせず、失政を重ねるのか?
テーマ13 自動車産業再編の時代に、ホンダと日産の経営統合はなぜ破談したのか?
テーマ14 上場した東京メトロは、今後どの方向に多角化を進めるべきか?
【Part2:海外編】
巻頭言 各国で吹き荒れる移民排斥の嵐。日本こそ移民政策を真剣に考えなくてはならない
テーマ01 「トランプ再選」でアメリカは衰退と復活のどちらに向かうのか?
テーマ02 誰がトランプの横暴な覇権主義と独善的な振る舞いを止められるのか?
テーマ03 トランプ流の関税強化で、アメリカ製造業は本当に復活できるのか?
テーマ04 世界はいつまで、経済オンチのトランプの気まぐれな政策に振り回されるのか?
テーマ05 アメリカのイラン核施設攻撃は、世界の地政学をどのように転換させたか?
テーマ06 米ロ主導の下、ウクライナ和平はどのような終局を迎えるのか?
テーマ07 中国は日本の20倍もの不動産バブルを終息に向かわせることができるのか?
テーマ08 世界のAIを主導する米中。なぜ日本は二番手集団にも入れないのか?
テーマ09 人口の少ないドイツがなぜGDPで日本を逆転できたのか?
著者経歴
大前 研一 (おおまえ けんいち)・・・1943年、福岡県に生まれる。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。趣味はスキューバダイビング、スキー、オフロードバイク、スノーモービル、クラリネット。ジャネット夫人との間に二男(長男:創希,次男:広樹)。
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