「建業の勇気と商略 (日本を創った戦略集団)」集英社

|

建業の勇気と商略 (日本を創った戦略集団)

【私の評価】★★★☆☆(73点)


■明治維新は、混乱とともに日本の国が
 大きく転換した時期でした。


 そうした混乱の中でも、
 人は生活し、行き続け、
 社会の仕組みを変えていったのです。


 その時代に生きた人たちを
 観察してみるという一冊です。


・日本人留学生の多くは、「欧米新知識
 の持ち主として日本社会で歓迎され、
 明治の政治や産業の発展を主導する立場に立った。
 モロッコの留学生たちは「風変わりな西欧かぶれ」
 と見られ、祖国の社会に受け入れられることもなく、
 外国企業の下級書記として
 悶々の生涯を送らざるをえなかった(p18)


■この本では、明治時代から

 三菱を作った岩崎弥太郎、
 近代経営の父 渋沢栄一、
 九州の筑豊炭鉱を経営した中原嘉左右、
 武田薬品工業の歴史・・・
 と盛りだくさん。


 教科書と歴史小説の中間のような感覚で、
 歴史の副読本として、
 ちょうどいいのです。


・三菱が外国人を多数雇傭したのも、
 事業会社としては多く例を見ない・・
 明治九年の三菱雇傭者は邦人1351名で
 外国人は388名である(p58)


■この本を読むと、
 明治の時代は、革新による適者生存の
 競争の時代であったとわかります。


 数多くの新参者が、
 生存をかけて試行錯誤し、
 生き残った人と企業が
 次の日本を作ったのです。


 集英社さん、良い本を
 ありがとうございました。


━━━━━━━━━━━━━━━━━


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・いったん沿海の航海権が外国人の手に帰してしまえば、
 平時には内地商民の業を奪われ、
 戦時にはよい形勢を占められてしまう。・・・
 沿海貿易の大権を挽回しよう。
 もしこれに成功するならば、
 ただ我が社の幸福のみならず、
 実に我が日本帝国の光輝を広く照らすことに
 なるであろう(岩崎弥太郎)(p49)


・道修町の薬種仲間でも、洋薬に力を入れていたのは
 ごく少数だった。このごく少数派の中に、
 武田長兵衛(武田薬品工業)のほか、
 田辺五兵衛、塩野義三郎がいた。
 田辺五兵衛の店は田辺製薬として・・・
 塩野義三郎の店も塩野義製薬として
 現在に続いている(p196)


・芝川家・・この一族の所有している
 「千島土地株式会社」や「百又不動産」・・
 千島土地株式会社の所有地だけを見ても
 大阪市内の98万平方メートルをはじめ、
 兵庫県西宮市、福岡市などあわせて112万7000平方メートル 
 (約34万坪)に及んでいる(p231)


・関ヶ原の合戦には、東西両軍合わせて
 六万挺の鉄砲が使用されたというが、同じころ、
 ヨーロッパ最大の陸軍であったフランス軍にも、
 鉄砲は一万挺程度しかなかったという(p11)


建業の勇気と商略 (日本を創った戦略集団)

集英社
売り上げランキング: 1,108,409

【私の評価】★★★☆☆(73点)


楽天ポイントを集めている方はこちら



読んでいただきありがとうございました!

この記事が参考になった方は、クリックをお願いいたします。
↓ ↓ ↓ 
人気ブログランキングに投票する
人気ブログランキングへblogrankings.png


メルマガ「1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』」
50,000名が読んでいる定番書評メルマガです。購読して読書好きになった人が続出中。
もちろん登録は無料!!
        配信には『まぐまぐ』を使用しております。



お気に入りに追加
本のソムリエ公式サイト



この続きは無料メールマガジン 「1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』:1ヶ月30冊を超える情報をe-Mailで」でお読みいただけます。

無料メルマガ購読

>月別(2002年7月~)