「巨大投資銀行(上・下)」黒木 亮
2022/09/09公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(89点)
要約と感想レビュー
国際金融業界の経験を持つ著者が描く、アメリカ投資銀行の仕事のリアルです。この本では1985年に邦銀からアメリカ投資銀行に転職した主人公が、バブルに踊る日本企業のM&Aや投資の窓口となることで実績を作り、昇進していきます。当時は三菱地所がロックフェラーセンターを買収し、日本企業がソニーがコロンビアをパナソニックがユニバーサルを買収して話題となりました。ゾングループはインターコンチネンタルホテルを買収しています。
そして当時のアメリカの投資銀行ではデリバティブを駆使したビジネスが立ち上がっていました。先物と現物の裁定取引によりサヤ取りしたり、デリバティブでリスクをヘッジしたりするのです。
一方、当時の日本は1987年に大阪証券取引所で証券の先物市場がやっとできた程度で護送船団方式の日本の金融業界が遅れていたのは明らかでした。さらに日本の証券市場は、大手証券会社が勝手にテーマを決めて顧客に株式を買わせる「腕力相場」と呼ばれており、市場とさえいえないような状況だったのです。
・日本の株式市場は大手証券の『腕力相場』じゃないか・・大手証券会社が選定する「テーマ」により相場が演出されてきた。これをリードしてきたのが野村證券だ(上p301)
米投資銀行でマネージング・ディレクターまで昇進した主人公は、日本興業銀行に転職し投資銀行本部長となります。投資銀行スタイルで「一人1億円稼ごう」と呼びかける主人公に対し、保守的な部下の抵抗もある中、投資銀行業務を一つひとつ教えていくことになるのです。
その日本興業銀行も、業績不振から第一勧業銀行、富士銀行と統合されることになり、統合後の主導権争いとたすき掛け人事から、社内のギスギス感が伝わってきます。現在のシステム統合の問題も、この時点から明らかになっており、何も進歩していないことがわかります。
外資でも権力闘争はありますが、実務での実績が大きく物をいう点で、邦銀より公平感があるように感じました。日本では敗れた人は関係会社に飛ばされますが、外資では敗れた人は、他社へ転職して再度挑戦するのです。
・金融庁は、りずむHDを陰で「ごみ箱」と呼び、関西系不良銀行の受け皿として利用してきたからだ。りずむHD側も自分たちの役割を心得ていて「金融庁はうちを絶対に潰さない」と豪語していた(下p333)
著者がロンドン勤務をはじめたのが、バブルのピーク1988年です。私の会社員生活も1989年にはじまり、1995年にニューヨーク事務所で1ドル80円を経験したことと小説の内容がリンクして感慨深いものがありました。その後のバブル崩壊の中で、証券会社の損失補てん、投資失敗の先送りに走る企業を描き出しています。当時はどの会社でも自分の在任期間に発覚しないように問題を先送りしようとし、海外に飛ばしたり、リスクの高いデリバティブを売りつけて、がっぽり稼ぐ金融会社が多かったことがわかります。
この本で興味深いのは、ヘッジの手法や、資産を担保にした証券化でファイナンスする方法などが具体的に記載されていることです。これが理解できれば、あなたも金融機関に騙される可能性が減ることでしょう。バブル崩壊後の30年を振り返って見ることができ、楽しい一冊でした。黒木さん、良い本をありがとうございました。
この本で私が共感した名言
・損失補填などの責任をすべて証券業界に押し付け、自分たちは監視委員会設立など権限強化で「焼け太り」した大蔵省は許せなかった(下p54)
・8%の自己資本比率がないと国際業務を行えない・・・都銀なんかは、生保から国債を一時的に借りて融資の担保にしているぜ・・・融資先はJRみたいな会社で、担保を入れるのは3月31日だけとか、そういうことをやっているんだよな(下p129)
・ほどんどの機関投資家は「デルタ・ヘッジ」という手法で株式転換権(コールオプション)の保有リスクをヘッジする(上p14)
・日本の船会社は、決算は円建てだが収入の多くはドル建てである。そのため、円高ドル安になると収入が減る。そのリスクをヘッジするため、ドル建ての債務を必要としている(p191)
【私の評価】★★★★☆(89点)
目次
上巻
第一章 漂白のウォール街
第二章 裁定取引(アービトラージ)
第三章 被爆者二世
第四章 ブラック・マンデー
第五章 M&Aの殿堂
第六章 異母兄弟
第七章 秋葉原の風雲児
第八章 野村Vsソロモン
下巻
第九章 米国債不正入札
第10章 新興国市場
第11章 秘密兵器の流失
第12章 ナイジェリアの炎
第13章 MD昇進
第14章 邦銀復活
第15章 金融・経済財政担当大臣
著者経歴
黒木 亮(くろき りょう)・・・1957年生まれ。早稲田大学法学部卒業。三和銀行に入行。1988年から三和銀行ロンドン支店で国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス等に関る。その後、大和証券英国法人、三菱商事英国現地法人でプロジェクトファイナンスに従事。2000年に国際金融小説『トップ・レフト』で作家デビュー。2003年7月に退社し、専業作家となる。
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