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「鉄のあけぼの(上・下)」黒木 亮

2022/02/11公開 更新
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「鉄のあけぼの」黒木 亮


【私の評価】★★★☆☆(79点)


要約と感想レビュー

 川崎製鉄(現JFEスチール)の初代社長の西山弥太郎(やたろう)の生涯を描いた一冊です。西山弥太郎は川崎造船所に入社し、兵庫工場の製鉄工場で頭角を現していきます。川崎造船所の特徴は、「工員さんの苦労を知れ」という言葉に象徴される現場主義であり、エンジニアも作業員と一緒に三交代制で現場に出て作業をしています。西山は現場感覚を持った技術者として鍛えられたのです。


 40歳の頃には会社から大卒初任給の100倍以上の金をもらって、欧米の鉄鋼工場、造船所を数ヶ月かけて視察しています。欧米の製鉄会社ではホット・ストリップミル(連続熱間圧延設備)による薄板の大量生産が行われており、西山は日本の発展のためには高炉一貫製鉄所が必要と理解しました。戦前は陸海軍用の鋼板を作ることが多かったのですが、西山弥太郎の頭の中には高炉を持つ銑鋼一貫工場を作りたいという思いが熟成されていたのです。


・やはり将来はこういうマスプロだ。ストリップミルでマスプロをやって、薄板を安く大量に供給するのだ・・・そのためには高炉を持つ一貫製鉄所でなくてはならぬ(p79)


 50歳の頃、太平洋戦争が終戦となり、金も資材も人もいない中で、西山は兵庫県で鉄を作り続けます。戦後の混乱と労働組合問題に苦労する中で、企業再建整備計画に基づき川崎重工業と川崎製鉄が分離され、西山は川崎製鉄社長に任命されました。ついに夢の高炉一貫製鉄所を推進できる立場になったのです。


 しかし、この本を読んでわかるのは最新鋭の高炉一貫製鉄所を作ることが、いかに困難を極めたということかということです。


 土地の選定では、千葉県が行っていた農家の移転交渉において必要となった補償金を県に予算がないからと、川崎製鉄が負担しました。ライバルの富士製鉄、八幡製鉄、日本鋼管の高炉三社が鉄鋼の生産調整・合理化を進めているのに新規高炉を建設するのは二重投資と反対。通産省企業局ではドッジ・ラインで引き締め政策で産業合理化を進めるなかで、最新鋭の設備投資に反対する役人と、最新鋭設備を推進したい役人とで政治問題化。


 世界銀行から金を借りようとするものの、投資額の削減、資本の増強、配当停止などの対応をしてやっと借りることができたなど、よくもまあ、これだけ困難があるなかで倒産も覚悟して高炉一貫製鉄所の建設を進めたのは、西山の経営者の覚悟としか言いようのないものを感じました。


・最悪の場合、川鉄は潰れるかもしれません。しかし、最新鋭の設備は残ります。あれだけの設備が残るというのは、日本の利益になるはずです(p276)


 最後にちょっと残念だったのは西山弥太郎が川崎製鉄社長のまま73歳でがんで亡くなったことです。西山弥太郎は初代社長であり川崎製鉄の創業者ともいえる人ですが、後継者に早めに道を譲ることは、あまり頭になかったということです。


 現在、千葉製鉄所(JFEスチール東日本製鉄所)では高炉が1つ残っているのみであり、少しさびしい気持ちになりました。一人の男の思いで高炉一貫製鉄所が完成し、時代とともに高炉が減っていくという歴史流れを私たちはみているのです。人によって産業はなり、時によって産業は潰れるということなのでしょうか。


 黒木さん、良い本をありがとうございました。


この本で私が共感した名言

・これからは金を儲けることだ。戦争をやったのも、負けたのも、金がなかったからだ。金があれば何だってできる。それには商売だ。貿易だ(p11)


・植民地なしで九千万人を食べさせていくには、軽工業だけで細々とやっていたのでは駄目だ。重化学工業への転換が必要だ。それには鉄だ(p133)


・資源を確保するのに、何が必要かというと、まずは人だ。どの国にどういう資源があって、どうやれば手に入れられるか、それを調査する鉱山技師、国際交渉のできる人間、そういった人材を集めなくてはならない。それから金だ(p259)


・溶鉱炉を持つには莫大な金がかかる。造船と高炉が一緒では難しいんです」西山には、戦前、製鉄部門が儲けた650億円を全部造船部門に吸い上げられ、わずか五万円の設備投資も先輩役員の川崎芳熊に反対されてままならなかった苦い思い出がある(p194)


・川崎製鉄の八つの労働組合は上部団体である鉄鋼労連を脱退した。それまで中立だった鉄鋼労連が急速に反米と左傾化を強めていた総評(日本労働組合総評議会)に加盟したことが原因だった(下p11)


・我々のようにカマの火を預かっていた者は、特に年末から正月にかけて火を止めて、修繕をして火を入れるという、一年で一番大事な仕事をするから、ほとんど正月らしい正月ってしたことがない(下p135)


▼引用は、この本からです
「鉄のあけぼの」黒木 亮
黒木 亮、毎日新聞社


【私の評価】★★★☆☆(79点)


目次

第一章 吾妻村
第二章 製鋼掛主任
第三章 軍需工場
第四章 瓦礫の中で
第五章 川崎製鉄誕生
第六章 高炉の病気
第七章 世銀借款
第八章 涙の第一ホット
第九章 夢の水島
第十章 哀愁尽きることなく
西山弥太郎年譜



著者経歴

 黒木 亮(くろき りょう)・・・1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。都市銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、航空機ファイナンス、貿易金融など数多くの案件を手がける。2000年に『トップ・レフト』で作家デビュー。英国在住


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