「今日われ生きてあり」神坂 次郎

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今日われ生きてあり :知覧特別攻撃隊員たちの軌跡 (新潮文庫)

【私の評価】★★★★☆(82点)


■鹿児島県にある特攻隊基地知覧を
 一度は訪れないといけないと思って
 手にした一冊です。


 著者は15歳で飛行兵を志願し、
 東京陸軍航空学校に学び、
 知覧特攻基地で仲間が特攻に
 出撃していくのを見ることと
 なったという。


 著者は知覧で見送った仲間のことを
 書き残したいと思いつつ、
 30年間書くことができなかった。


 著者は戦後37年にして知覧を訪れ、
 本書を書くことができたのです。


・元隊員たちが、ながらく知覧に姿を見せなかったのは、いちどそこで死を覚悟したものにとって、多くの先輩や同志を失った痛恨きわまりないこの地には、訪れがたいなにかがあったのであろう(p11)


■戦後は、特攻にかかわった者は
 処罰されるというデマが広まり
 特攻に関わる資料や遺書は
 多くが焼却されてしまったという。


 また戦後、特攻は笑いものであった
 との表現があり、特攻に関わった人たちは
 肩身の狭い時代が続いたというのです。


 今でも英霊を祭る靖国神社を
 公式参拝できないのは、
 そうした雰囲気を今も残している
 ということなのでしょうか。


・私の結婚の頃(昭和)27年当時は、特攻は笑いものでした。私は、生命をかけて守った日本と国民に裏切られ、非難される彼らが哀れでした。敗戦であっても、生命をかけた行為が何故罪悪といわれねばならないのでしょうか(p198)


■特攻と作戦としてはあまりに稚拙ですが、
 それを実行した人々は、祖国と近しい人を
 守るために自分の命を捨てたのです。


 類書を読んだ時も泣きましたが、
 今回も涙をおさえることは
 できませんでした。


 神坂さん、
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・松本ヒミ子(女子青年団員)の語る・・日本を救うため、祖国のために、いま本気で戦っているのは大臣でも政治家でも将軍でも学者でもなか。体当たり精神を持ったひたむきな若者や一途な少年たちだけだと、あのころ、私たち特攻係りの女子団員はみな心の中でそう思うておりました。ですから、拝むような気持ちで特攻を見送ったものです・・心のなかにこびりついているのは、朗らかで歌の上手な19歳の少年航空兵出の人が、出撃の前の日の夕がた「お母さん、お母さん」と薄くらい竹林のなかで、日本刀を振りまわしていた姿です。・・立派でした。あんひとたちは・・(p73)


・戦後38年、夏がくるたびに戦争が論じられ"特攻"が論じられています。が、わたしたちがこの目でみた隊員たちは、国家や天皇といったそんな遠い存在よりも、もっと身近な、肉親や愛する人びとや、うつくしい故郷、そんな"祖国"を救うために、自分が死ぬことによって頽勢(たいせい)を挽回しよう、敗滅を遅らせようという思いで出撃して征ったのです。そんな純粋無垢な、使命感を抱いた自己犠牲の死が進歩的と称する識者や一部のキリスト教徒たちから、なぜ"犬死"と罵られなければならないのか。かれらの天に還った魂を愛惜し追悼することが、どうして"軍国主義"につながるのか。そんな新聞記事やテレビをみるたびに、躰がふるえる思いがします(p77)


・岩井さんは、「お父さん、お母さんにもういちど会ひたいが、お母さんはなげいて、一週間ぐらい眠らないと可哀そうだから、もう会わない方がいいだろうな・・・おれは、一目見たら後は死ぬだけだからよいが、後に残って思う人が可哀そうだからな。けど、死ぬまでに妹の八重子を一目でいいから、ぱっと見て死にたい(p55)


・渋谷健一の手紙・・父より倫子ならびに生まれてくる愛し子へ
 新に今は皇国危急なり、国の運命は只一つ航空の勝敗に決す。翼破るれば本土危し。三千年の歴史と共に大和民族は永久に地上より消え去るであらう。先輩の偉業を継いで、将(はた)また愛する子孫のために断じて守らざるべからず・・父は選ばれて特攻隊長となり、隊員11名、年齢僅か20歳に足らぬ若桜と共に決戦の先駆となる・・(p124)


・沖山富士雄(伍長、第61振武隊)の遺書
 父上様、20年の間色々と有りが度う御ざいました。子として何も出来ず申訳ありません。之れのみ心のこりで御ざいます。然し今度の任務こそは必ずや親孝行の一端と存じます。決して驚かないで下さい。特攻隊員として出撃するも名誉実に大であります。日本国民として二十年実に生き甲斐がありました。体当たりして遺骨これなくとも遺髪をのこしてをります故、部隊の方から送付して下さる事と思います。親兄弟よりお先に逝きます事を御許し下さい。では家の事はくれぐれもおたのみ致します。お祖母さまに会えないのが残念。では最後に村の皆さまにくれぐれも頼みます。私の墓場は家の者全部の所にして下さい。御健勝と御奮励を祈ります。此の便りが着くころは世にはいないものと想って下さい(p149)


・B29の白昼の東京上空侵入の屈辱に歯ぎしりした第十航空師団は、みずからの面目をたてるために11月7日、隷下の各戦隊に特別攻撃を命じた。特別とは、「一死をもってこの任(B29撃墜)を達成せよ」という、百中百死の攻撃命令であった・・この特攻隊は、防衛総司令官東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう)大将により「震天制空隊」と命名された。だが、特攻は戦術ではない。指揮官の無能、堕落を示す"統率の外道"である(p166)


・"特攻"案内人・・こうやって展示しておるとね、知覧へ来なかった人はね、知覧は特攻を美化してね、再軍備をはかるんじゃないかと言われる方がありますねど、歴史の一駒、この真実をね、後世に残す方がいいか、残さない方がいいかというと(大ごえになる)私は信念をもって残さなければいけないと思って収集したわけなんです。そしてこの方々の死の無意味でなかったアカシをたてると共に今日の平和がこういう尊いギセイの上にあり、平和の有難さ平和の尊さをずうっとうったえ、二度とふたたびこれからの若い人をこの悲惨な戦術のギセイにさせないためにも、ぜったいに戦争はやってはいけないことを、ずうっとうったえるため私がここに立っておるわけです(p208)


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■目次

特攻基地、知覧ふたたび-序にかえて
第1話 心充たれてわが恋かなし
第2話 取違にて
第3話 海の自鳴琴
第4話 第百三振武隊出撃せよ
第5話 サルミまで...
第6話 あのひとたち
第7話 祐夫の桜 輝夫の桜
第8話 海紅豆咲くころ
第9話 母上さま日記を書きます
第10話 雲ながれゆく
第11話 父に逢いたくば蒼天をみよ
第12話 約束
第13話 二十・五・十一 九州・雨 沖縄・晴のち曇
第14話 背中の静ちゃん
第15話 素裸の攻撃隊
第16話 惜別の唄
第17話 ごんちゃん
第18話 "特攻"案内人
第19話 魂火飛ぶ夜に
特攻隊-あとがきにかえて



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