「いつも「自分」だけ責める人 被責妄想は「うつ」の前兆」加藤諦三
2015/11/12公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★☆☆(77点)
要約と感想レビュー
世の中には、「いつも「自分」だけ責める人」と「いつも「相手」だけ責める人」とがいます。不満でイライラしている人は、弱い人を責め、弱い人は、「自分が悪かった」と反省する。イライラしている人は、自分が失敗したときは笑ってごまかします。学校では部活動で、家庭では嫁姑の間で、会社では上司と部下の間でそういうことがおきています。
・怖くないことを怖がっている人の何と多いことか。世の中を見ていると悪いことをしている人が、堂々としていて、悪いことをしていない人が、ビクビクしていることがある(p166)
攻撃する側としては、不満なことがあり、それを解消できない自分にもイライラしている。不満と同時に、自分の能力への不安もある。余裕がないのです。そうした不安を解消するために怒っているのですから、攻撃する相手は弱い人です。なぜなら、反撃する人は、自分の不安を増大させる。楽になるために攻撃したのに、不安が増すようなら、攻撃する意味がありません。
・とにかく相手を蔑視して「どうしてお前はそんなにダメなんだ」と相手を蔑視することで、自らの不安を解消する。だから時に大変な美人が「私は不美人だ」と言ってノイローゼになるのである。(p80)
嫁姑、年下部下のように、こうした構図は決してなくならないのでしょう。逆にこうした構図がわかれば、少し気が楽になるのかもしれない、逃げることができるのかもしれない、状況を録音したうえで、人に相談できるかもしれない、と思いました。
加藤さん、良い本をありがとうございました。
この本で私が共感した名言
・殆どの人は理想の環境で成長していないのだから、性格的にはどこか歪んでいるところがある。素直な人というのは極めて珍しい(p31)
・心理的に健康な人は「別にありのままの自分で良いではないか」と思う。しかし理想の自画像に固執する人にしてみれば、理想の自画像の実現以外には、責められることを免れる方法がないのである(p91)
・現実の世の中にはいつも喧嘩腰の態度の人がいる・・不満からの攻撃であると同時に不安からの攻撃でもある。そういう人は、不安を逃れるために攻撃的になっているのである(p74)
・「相手を怒らしたら怖い」と思って結局何も出来ない。その怯えた態度が相手をつけあがらせる(p165)
・苛める人は、自分に立ち向かってこない人を苛めるのである。苛められる人は、相手の言う不当なことに従っていってしまう。苛められた人は何とか相手をなだめようとして苛めに対応する。その弱い態度が相手の苛めをエスカレートさせる(p164)
・よく「こんな馬鹿な奴らが偉そうにして、世の中間違っている」とイライラしている人が多い・・自己実現して自分に満足している人は世の中のことでそれほどイライラしない。自己実現している人は直接自分に関係の無いことはほうっておける(p146)
・「・・さえなければ」という言い訳が始まる・・よく「あのことさえなければ」と言う人がいる。「あいつさえいなければ」とか・・つまり物事がうまくいかないときに、うまくいかない原因を「あいつ」のせいにする・・あの妬み深い上司さえいなければ私はもっと・・(p117)
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【私の評価】★★★☆☆(77点)
目次
第1章 なぜコミュニケーションできないの
第2章 被責妄想が人間関係をこわす
第3章 被責妄想は治る、人生は変えられる
著者経歴
加藤諦三(かとう たいぞう)・・・心理学者。1938年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院修士課程修了。現在、早稲田大学名誉教授、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員。ラジオの「テレフォン人生相談」パーソナリティーを半世紀担当。
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