「火怨(上・下) 北の燿星アテルイ」高橋 克彦

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火怨 上 北の燿星アテルイ (講談社文庫)火怨 下 北の燿星アテルイ (講談社文庫)

【私の評価】★★★★☆(82点)


■八世紀の東北地方(蝦夷)に黄金が産出し、
 朝廷側の軍事的進出が進みました。


 蝦夷の反乱を治めたのは、
 征夷大将軍坂上田村麻呂です。


 中央の歴史から見れば
 蝦夷征伐。


 東北から見れば、
 中央からの侵攻です。


・朝廷が欲しがっているのは陸奥の黄金。
 それを懐ろに抱えているのは物部だ。
 だからこそ物部はそなたらを煽り立てて
 戦さとしたのよ。(下p174)


■人口と軍事力の圧倒的な差に対し、
 蝦夷は知恵と工夫で対抗します。


 しかし、歴史は強いものが勝つ
 というのも事実なのです。


 読みながら、戊辰戦争と
 重なってきました。
 

 高橋さん、
 良い本をありがとうございました。


────────────────────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・敵の兵力は無尽蔵。その気になれば
 二、三十万の兵を注ぎ込むこともできる。
 それをさせずに戦うのが策というものだ。
 たまたま我らに運があった、と
 敵に思わせておくのが大事。(上p384)


・朝廷軍は蝦夷を人と思うておるまい。
 それに対して我らは戦っている。
 何も求めておらぬ。
 人として扱うなら従いもしよう(上p482)


・蝦夷はもともと出雲の斐伊(ひい)川流域が蝦夷の本拠。
 斐伊を本とするゆえ斐本(ひのもと)の民と名乗った。
 それがいつしか日本を変えられて今に至っておる。
 宮古や玉山金山の辺りを下斐伊(現在の岩手県
 下閉伊(しもへい)郡)と呼ぶのもその名残(下p114)


・迷いもせずに武力を用いたのは
 蝦夷を対等の者と見ておらぬ証し。
 鮮麻呂さま以降、我ら蝦夷は受ける戦さ
 ばかりで攻めてはおらぬ。(下p259)


・里に戻って幼き子らに申せ。
 我らは今の子らのために戦い、
 その子の子供や孫のために戦いを止めたのだと。
 朝廷が我らに対する侮りを変えぬ限り、
 いつかまた戦さとあんるやも知れぬ。(下p523)


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【私の評価】★★★★☆(82点)



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