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【書評】「世界史に刻んだ明治日本の奇跡 開国から60余年で国際連盟理事国へ」伊勢雅臣

2025/12/12公開 更新
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「世界史に刻んだ明治日本の奇跡 開国から60余年で国際連盟理事国へ」伊勢雅臣


【私の評価】★★★★★(92点)


要約と感想レビュー


国家独立のために戦った日本

日本帝国憲法や教育勅語は、天皇を中心とする国家への忠誠を求めるもので、軍国主義の象徴と批判的に教えている人たちがいます。この本の主張は正反対で、当時の日本が欧米列強が植民地を拡大する中で、日本帝国憲法や教育勅語を出して富国強兵を進めたのは、日本の独立を守ろうと努力した結果だと分析しています。


当時、イギリスとロシアは世界各地で対立し、「グレート・ゲーム」と呼ばれていました。クリミア戦争、インドの北にあるアフガニスタン戦争、そして東アジアでイギリスとロシアが勢力争いをしていたのです。イギリスはアヘン戦争で中国を半植民地化し、ロシア人は樺太や千島に多数移住してきました。


イギリス、ロシアに対して、朝鮮のように素直に従属するのか、独立を維持するために戦うのか、明治の時代の日本人は決断を迫られたのです。


あえて判断を間違ったとするならば、朝鮮がロシアに支配されても海を超えて日本を侵略することは難しいので、イギリスのように他国と連携して牽制くらいにしておけばよかったのかもしれません。存亡をかけて日露戦争を戦うのは、負けるリスクが高かったからです。


なお、明治天皇が発せられた五箇条の御誓文には「国是を定め万民保全の道を立たんとす」と記載され、当時、イギリスがインドを植民地化し、欧米列強が植民地を増やしていたことへの危機感が感じられます。


佐久間象山は、欧米列強に対抗するため軍備充実、殖産興業、欧米への留学生派遣、欧米人教師の招聘を提唱していましたが、その多くが明治政府によって実施されたのです。


日英同盟・・・イギリスが極東における頼りになるパートナーを見込んだからこそ実現したのです。その後、日本は存亡をかけてロシアと日露戦争を戦いました(p41)

明治維新までの道のり

明治維新まで江戸幕府の対応を振り返ってみましょう。


1853年、アメリカの黒船艦隊が浦賀に姿を現しました。ちょうどこの年からクリミア戦争が勃発して、イギリスとフランスがオスマン帝国を支援し、ロシアと戦うことになります。ペリー来航に対応した幕府の老中首座・阿部正弘は攘夷派の反発を抑えつつ、開国を決断しました。


その後、井伊直弼が締結した修好通商条約について、領事裁判権がなく、関税自主権もない不平等条約という評価がされています。しかし、実務的には、日本の刑罰は欧米よりもはるかに犯罪者に厳しく(民家に押し入って10両以上を奪えば、死罪)、外国人に適用すれば、国際問題に発展しかねない状況だったのです。


また、修好通商条約で輸入関税は20%と欧米列強の普通の水準でしたが、薩英戦争や長州の下関戦争などで5%に下げざるをえなくなったのです。


武力による倒幕を目指した薩長勢力に対し、徳川慶喜が対立を回避したのは、歴史の謎と言われていますが、渋沢栄一によると、内戦を回避し、日本全体の平和と統一を最優先したためでした。倒幕後、明治政府は版籍奉還、廃藩置県を断行し、藩を廃止し、国民国家の形を作ったのです。


皇国の分裂を避けるため・・・(徳川)慶喜がいきり立ったら幕臣らとともに薩長の軍と戦っていたら、日本は大規模な内乱に陥り、幕府をフランスが、薩長をイギリスが支援し、北からはロシアが侵入して、維新どころではなかったでしょう(p72)

天皇中心の大日本帝国憲法

大日本帝国憲法では「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と天皇中心の国家と定義していますが、草案では「天皇の知らす所なり」と記載されていました。「知らす」とは、天皇が無私の御心に国民の思いを映し、その安寧を祈る、ということです。


つまり大日本帝国憲法は皇室の「民安かれ」の祈りのもとに、国会、憲法、政党という仕組みを備えた国家として書かれたのです。自由民権運動の板垣退助は天皇の下、すべての国民は平等な同胞だという日本の共同体意識を「一君万民」と表現していました。


東日本大震災で言えば、両陛下が被災者を案ずられる心が「徳」であり、自衛隊員、消防隊員が被災者を助ける献身が「忠」、地域や家族で助け合う姿が「孝」なのです。


著者は、憲法に問題があったとすれば、大日本帝国憲法が、状況に合わせて一度も改正されなかったことを指摘しています。それは、現行憲法も80年近くも改正されていないわけで、同じ根深い問題なのです。


五箇条の御誓文・・第一条に「広く会議を興し、万機公論に決すべし」と議会制民主主義を謳い、第二条に「上下心を一にして、盛に経論を行うべし」と、自由市場経済を唱えました(p21)

独立のための軍国主義

明治政府の山形有朋は「国民軍」を作るため明治6年に徴兵令を公布し、軍人勅語を発布しました。「国民軍」とは、国民が自らの国を守るために戦う軍隊です。徴兵制による国民軍を始めたのは、フランスのナポレオンで、イギリス、アメリカ、ドイツなども徴兵制を採用しています。列強が競った19世紀には徴兵制は世界標準だったのです。


こうして見ると、中国が日本を「軍国主義復活」と批判するのは、国家独立のために戦ってもらっては困るからでしょう。かつての朝鮮のように強いものには従順に支配されるほうがありがたいので、列強としては当然の主張なのです。


台湾が攻撃された場合は、日本だけで中国と戦うのではなく、台湾を支援する多くの国と一緒に支援するのが、イギリス流の狡猾な外交と考えられるので、現在の日本の方針で問題はないのです。


今の情報戦の時代に歴史を振り返るタイミングのよい一冊でした。伊勢さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・小さな島国であったイギリスが「太陽の沈まない帝国」を築いた時期にやや遅れて、大陸東端のこれまた小さな島国・日本が国を開き・・・非白人国家としては世界初の近代国家建設に成功しました(p284)


・(アメリカの)ラッセル商会は「19世紀におけるアメリカ最大のドラッグ犯罪組織」・・同商会のウォーレン・デラノは・・第26代セオドア・ルーズベルト大統領の祖父でした。そしてその従兄にあたるのが・・・第32代フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領(p83)


・イギリス商人たちの民間会社「東インド会社」が独自資本でインドでのアヘン製造を行うところから始まりました。そうしてだんだん経済を支配し、最終的には(インドの)政治まで支配することになった(p176)


▼引用は、この本からです
「世界史に刻んだ明治日本の奇跡 開国から60余年で国際連盟理事国へ」伊勢雅臣
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伊勢雅臣 (著)、扶桑社


【私の評価】★★★★★(92点)


目次


序章 「我国未曾有の変革を為んとし」
第一章 幕末日本、変革への構想
第二章 幕末の開国攘夷
第三章 広く会議を興し、万機公論に決すべし(第一条)
第四章 上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし(第二条)
第五章 官武一途庶民に至る迄、各々其志を遂げ(第三条)
第六章 旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし(第四条)
第七章 智識を世界に求め、大に皇基を振起すべし(第五条)
結章 奇跡の結末、そして次なる挑戦は?


著者経歴


伊勢雅臣(いせ まさおみ)・・・創刊27年のメールマガジン『国際派日本人養成講座』編集長。読者5万人。昭和28(1953)年東京生まれ。東京工業大学社会工学科卒。製造企業に就職。カリフォルニア大学バークレー校留学。工学修士、経営学修士(MBA)、経営学博士(Ph.D.)。平成22(2010)年、イタリア子会社の社長。平成26(2014)年より3年間、アメリカ法人社長。2017年より執筆、講演活動に従事。


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