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「福島原子力事故の責任 法律の正義と社会的公正」森本紀行

2022/01/29公開 更新
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「福島原子力事故の責任 法律の正義と社会的公正」森本紀行


【私の評価】★★★★☆(87点)


要約と感想レビュー


民主党政権は東京電力の免責を認めず

東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故は、東京電力の国営化と解体だけでなく、電気事業の自由化、再生可能エネルギーの導入という電気事業改革のきっかけになりました。


震災当時、私は東京電力は損害賠償を払うため発電所を売り払うのではないかと考えていましたが、「原子力損害の賠償に関する法律」を読むと、「異常に巨大な天変地異又は社会的動乱によって生じた損害」は免責と書いてありました。なるほど、この免責があるから東京電力は安全基準さえ守っていればよいのだ、というレベルの安全対策しかしていなかなかったのだと感じました。法律的には東京電力の賠償責任は免責され、国の支援で原子力賠償が進められると読めるのです。過剰なまでに原子力の安全に金をかけていた東北電力は、業界の異端だったのです。


しかし、原子力賠償は私の予想とはまったく違う方向に進んでいきました。民主党政権は東京電力の免責を認めず、すべて東京電力の責任であると断定し、東京電力もそれを受け入れてしまうのです。財務省は原子力損害賠償支援機構法を作り、国債で10兆円建て替え払いをし、25年かけて東京電力が三分の二、他の原子力発電を持つ電力会社が三分の一を返済する仕組みを作り上げました。国は東京電力の免責を認めず、原子力事故の賠償費用はすべて電力会社の負担とし、東京電力を国有化して支配し、やりたかった電気事業の改革を推し進めることに成功したのです。


東京電力の経営支配を目論む政府のやり方に行政裁量を逸脱した違法性を見る。政府は自らの責任を棚に上げて東京電力にいわれなき批判をぶつけることで、不当な国有化を実現(p164)

原子力賠償の問題点

この本では、金融関係のプロである著者が、第三者の視点で東京電力の原子力賠償のあり方について、問題点を4つ指摘しています。


まず第一の問題点は、リスクのある原子力発電を民間企業が推進することができるように「原子力損害の賠償に関する法律」が作られていたわけで、政府が東京電力を支援するのは当然のことであるにもかかわらず、全責任が東京電力にあると決め付けたこと。また、東日本大震災は免責と記載されている想定外の天変地異に相当するにもかかわらず、免責に当たらないとしたことです。なぜか、その点について東京電力も法的に争うことをしていません。


また、第二の問題点は、原子力を国策として進めていたのにもかかわらず、東京電力が事故を起こしたら、民主党と官僚はすべて東京電力の責任であると断定し、東京電力を国有化して天下り、分割・解体しました。民主党と官僚は東京電力と一緒に叩かれる側にいたはずなのに、叩く側に素早く立ち回って、東京電力を叩き続けたのです。


さらに第三の問題点は、事後法である「原子力損害賠償支援機構法」では、他の原子力発電所を持つ電力会社が、一般負担金という形で東京電力の賠償費用の三分の一程度を負担しているということ。将来の原子力賠償費用確保のための相互扶助型保険制度のようですが、事故が起こってから保険を作って、強制的に電力会社から金を集めるのは、著者はありえないことなのです。


第四の問題点は、原子力損害賠償支援機構から東京電力に1兆円を出資し、議決権50%以上として国有化したことです。株主価値は半分に棄損されました。東京電力の支援は別の方法でもできたのに、なぜ国有化なのか。著者の見立ては、官僚が東京電力を国有化し、支配することで、東京電力を分割し、事業再編、電気事業の自由化を進めようとしたということです。


1兆円を投じて国有化することが、本当に、「国民負担の極小化」になるのだろうか。例えば、機構が社債や融資の債務保証をすることでも、東京電力の資金調達の援助はできたはずである・・機構と東京電力が事実上の一体化をしてしまう・・・相互牽制は、機能しなくなてしまう(p146)

民間企業を支配できる官僚

この本が問題としているのは、官僚、政治家が国策として推進してきた原子力の事故の責任を東京電力に押しつけ、原子力賠償は電力会社に押しつける一方で、原子力賠償支援を口実に東京電力を国有化して、東京電力を発電・小売・ネットワークに分割したことです。法律に基づき行政を行うべき官僚が、ここまで責任を回避し、責任転嫁し、民間企業を支配できるのが日本という国なのです。


日本産業・医療ガス協会長の豊田昌洋氏も「原子力発電の操業停止が、電力会社の意思や電力の需給見通し、コストの問題を検討せず、明確に政治判断で行われた以上、それに係るコストは原則一義的に政府が負担すべきと思料致します。」と発言しています。


この本を読んで、私の感じていたことがそれほど間違っていないのだということがわかりました。日本電気協会から出版されていることを割り引いても、日本という官僚国家の本質、民主党政権のいい加減さを再確認しました。こうした内容はマスコミでもほとんど報道しないので、大きな力が働いているのは間違いないのでしょう。


原子力事故をきっかけに電気事業の自由化、再エネ導入を進めた経済産業省は、その結果のすべてを負うことになるはずですが、うまくいけば自分の責任、失敗すれば、次は誰の責任にするのでしょうか。森本さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・安全基準は、政府の規制に準拠して、原子力事業者が独自に定める・・・現実には政府責任にほかならないということである・・日本では、政府の問題として、つまり、国民の選択の問題として、原子力発電を推進してきたのだ(p26)


・4月20日には、当時の菅直人首相は、衆議院予算委員会で・・・東電には賠償の面で第一義的な責任はある」と述べ、また、「原発推進の立場で取り組んできた国の責任も免れない」と述べた(p39)


・政府は、事故直後から現在に至るも、東京電力の福島第一原子力発電所の管理運営について、政府の定めた安全基準に違反している事実を、何一つとして、指摘していない(p50)


・原子力損害賠償支援機構・・・政府は、原子力賠償支援を口実にして、東京電力を支配下に置き、もって電気事業改革を推進することを、明確に述べている(p138)


・他の電力会社が負担する一般負担金の中に、賠償費用が含まれて、それが、他の電力会社の顧客に転嫁される(p73)


▼引用は、この本からです
「福島原子力事故の責任 法律の正義と社会的公正」森本紀行
森本紀行、社団法人日本電気協会新聞部


【私の評価】★★★★☆(87点)


目次


第1章 原子力発電を選択した国民の賭け
第2章 東京電力の賠償責任と政治判断
第3章 東京電力の利害関係者の地位
第4章 東京電力国有化という暴挙
第5章 改めて問い直す法律の正義と社会的公正
第6章 電気事業改革と電気の安定供給
第7章 原子力発電への新たなる賭けをめぐる政治と報道の良識



著者経歴


森本紀行(もりもと よりゆき)・・・HCアセットマネジメント代表取締役社長。東京大学文学部哲学科卒。三井生命を経て、1990年ワイアット(現タワーズワトソン)に入社。事業として日本初の年金基金などの機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ちあげる。2002年、HCアセットマネジメントを設立


福島原発事故関連書籍

「レベル7福島原発事故、隠された真実」東京新聞原発事故取材班
「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」門田 隆将
「原発再稼働「最後の条件」:「福島第一」事故検証プロジェクト最終報告書」 大前 研一
「原発と大津波 警告を葬った人々」添田 孝史
「FUKUSHIMAレポート~原発事故の本質~」
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