【私の評価】★★★★☆(81点)
■野村監督が2年前に半世紀を超える
野球人生を振り返った一冊です。
野村監督といえば、
ボヤキと名言が有名ですね。
「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」
「マー君、神の子、不思議な子」
「ID野球」という言葉を残しました。
リーダーは言葉が命というだけあって
常に考え、勉強しているから、
こうした言葉が出てくるのでしょう。
・リーダーは言葉が命である。監督のひと言がその選手の運命さえ左右する(p151)
■不思議なのは、野村監督は
なんとも不運の道を歩いてきた
ということです。
南海ホークス監督時代には、
当時離婚訴訟中であったにもかかわらず、
沙知代さんとの交際を問題とされ
解任されています。
楽天監督時代も、弱小楽天を4年で
リーグ2位に育てたにもかかわらず
監督を解任されています。
結果を出せば文句はないだろうという
プロフェショナルタイプですので、
敵が多いのかもしれません。
・無口な母に言われたひと言を私は、生涯忘れない。「克、男は黙って、文句を言わず仕事をするもんだ」という言葉である(p2)
■王・長嶋がヒマワリなら、
オレはひっそりと咲く月見草、
と自虐したように
野村監督は努力の人でした。
努力と工夫を続けるのも
一つの才能なのだと思います。
野村さん、
良い本をありがとうございました。
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■この本で私が共感したところは次のとおりです。
・ただ、人と同じような努力をしていたのでは抜きん出ることはできない。グラウンドではみんな平等に練習するから、努力で差をつけるとしたらグラウンドの外だ。グラウンドを離れてからの時間の過ごし方が勝負を決める。そう思って私は独自の練習メニューを作って体をイジメ抜いた(p35)
・私が投手のクセを見抜き、12種類のボールカウントや試合の状況ごとに、傾向分析のデータを丹念に集めはじめたのは入団七年目からであった(p126)
・カーブを打ちたいが、技術がない・・・そこで私が考えたのが「ヤマを張る」ことだった・・当時、「ヤマ張り」は日本の野球ではやってはいけない、恥ずかしいこととされていた(p128)
・私が監督としてほんとうに尊敬し、目標にしたのは巨人の川上哲治監督である・・・何かあると、「川上さんならどうするだろう?」と考えてみるのが私の思考スタイルだ(p56)
・高校を出てから22、3歳ぐらいまでの間に仕えた監督の影響が、自身が監督になったときに現れてくるように思える(p68)
・選手の育成法には褒めて育てるやり方と、さんざんケナして反骨精神を引き出すやり方とがあるが、鶴岡監督は後者を狙ったのだろう(p52)
・リーダーは言葉が命である。勝負に勝つには、まず監督は選手たちとの信頼関係の構築が絶対条件である。相手との戦いの前に、監督は選手たちとの闘いに勝たなければならない(p180)
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【私の評価】★★★★☆(81点)
■目次
第1章 私とプロ野球
第2章 日本の野球に革命を
第3章 監督像を一変させる
第4章 知将、相撃つ(
第5章 人は何を残すかで評価が決まる