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【書評】「朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期」 イザベラ・バード

2026/08/17公開 更新
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「朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期」 イザベラ・バード


【私の評価】★★★★☆(86点)


要約と感想レビュー


1894年の李氏朝鮮の風景

1894年から1897年にかけて、英国人女性旅行作家イザベラ・バードが朝鮮を旅した記録です。


この時期は、朝鮮への影響力をめぐって日本と清国が対立し、日清戦争で日本が勝利。下関条約によって清国は朝鮮の独立を認め、日本の主張のもとで朝鮮の身分制度や教育、税制などの改革が進められていた時代です。


その一方、日本の影響力を排除しロシアに接近しようとした王妃・閔妃が、日本人を中心とする一団によって殺害される事件が発生。その後、国王・高宗がロシア公使館へ移ったことで、ロシアの朝鮮に対する影響力が急速に強まっていきました。


そうした時代の朝鮮を、英国人旅行作家はどのように見たのでしょうか。


バードによれば、当時の朝鮮の道路は粗末で、馬車が通るのにも苦労するほどでした。町の道は狭く汚れ、家はわらぶき屋根と土壁。その周囲には魚の腐肉やごみで悪臭が充満し、毛の抜けた犬や半裸の子どもたちが走り回っていたと描写しています。


そして著者は、北京を見るまでは、ソウルこそ「この世でいちばん不潔で臭い町」だと思っていたとまで書いているのです。朝鮮人に対するバードの評価も非常に厳しいものです。


英語を流暢に話すと評価する一方で、猜疑心、狡猾さ、不誠実さ、狭量、慢心、尊大、手仕事を蔑視する誤ったプライド、公共心や社会的信頼を損なう自己中心主義、古い慣習と伝統に縛られた思考、女性蔑視など、当時の朝鮮人の特徴として列挙しています。


もちろん、これらは19世紀末の英国人旅行作家による観察であり、大英帝国の価値観を基準に書かれたものとして読む必要があるのでしょう。


朝鮮の下層階級の女性は粗野で礼儀知らず、日本の同じ階層の女性のしとやかさや清国の農婦の節度や親切心からはおよどほど遠い(p435)

朝鮮人が怠惰に見えたのは社会制度の問題

バードは当初「朝鮮人は怠惰である」と評価していましたが、旅を続けるうちに修正しています。


バードは、ロシア領シベリアに移住した朝鮮人が勤勉で品行方正であると高く評価されていることを知ります。同じ朝鮮人なのに、なぜ朝鮮国内では怠惰に見え、ロシア領では勤勉になるのか。その原因は民族性ではなく、社会制度にあるのではないかとバードは考えるのです。


当時の朝鮮では、金を持っているとうわさされると、両班(やんばん)や官吏から「借金」を申し込まれることがありました。しかし、その金は返済されないことが多く、実質的な徴税でした。もし要求を断れば、偽りの罪で投獄されたり、金を用意するまで両班の家に監禁されたりすることさえあったのです。


さらに、特権階級である両班は、自ら労働することを恥とし、多くの従僕を連れて旅行するのが慣例でした。その従僕たちは近くの住民を脅して鶏や卵などを取り上げ、代金を払わないことも多かったというのです。著者自身も旅先で、両班の従僕が船に屋根瓦を積み込み、ソウルまで無料で運ばせようとしている場面を目撃しています。


朝鮮社会では、農民が一生懸命働いて豊かになっても、その財産を官吏や両班に奪われる可能性があったのです。それならば、「必要以上に働かない」「財産を持っているように見せない」という行動を取るのが合理的な選択です。


さらに、多くの農民は小作農で、両班から土地を借り、収穫の半分を支払う仕組みでした。年貢や小作料を負担するだけでなく、労働や物品を提供しても代価を払ってもらえず、金を貯めれば「借金」という名目で取り立てを受ける。これでは、勤勉に働いて蓄財しようという意欲そのものが失われてしまうのも当然でしょう。


高級官僚や両班はお付きの行列を連れ、行政官の屋敷に泊まり、贅沢な食事をとる・・・それに対して代金は支払われない(p169)

日本による朝鮮の改革

日清戦争での勝利後、日本は朝鮮の独立と近代化を掲げ、朝鮮の改革を強く主張していきます。例えば、教育改革では初等学校、師範学校、中等学校の創設が進められました。


また、両班と平民の身分上の区別が制度上廃止され、拷問などの旧来の刑罰制度が改められ、郵便制度も導入されました。


税制についても、地租を従来の物納中心から土地の評価額に応じた金納へと変更することで、徴税過程における官吏の恣意的な「搾取」を減らしました。当然ながら、それまでの制度によって利益を得ていた官吏や両班は、改革には反対し抵抗したと観察しています。


日本の朝鮮半島における政治的・軍事的影響力を強めるという方針もありましたが、少なくともバードは、当時進められていた朝鮮の改革を高く評価しているのです。


日本人は朝鮮人を通して朝鮮の国政を改革することに対し徹頭徹尾誠実であり、じつに多くの改革が制定されたり検討されたりしていた。また一方では悪弊や悪習がすでに排除されていた。国王はその絶対君主権を奪われ、実質的に俸給をもらう法令の登録官となっていた(p350)

根強い反日感情と清国への従属

興味深いのは19世紀末の時点ですでに、朝鮮社会に強い反日感情があったことです。


バードによれば、300年前の豊臣秀吉による朝鮮出兵は人々の記憶に残り、日本人を激しく嫌い、「ひとり残らず殺してしまいたい」というほど強い反感を示す人さえいたという。


その一方、バードが現地で聞いた日本にまつわる説明には、歴史的根拠が疑わしいものもありました。


例えば、仏教が抑圧された理由について「朝鮮出兵の際、日本人が仏教僧に変装して都に入り、守備隊を虐殺したため」と説明されたり、古い鐘について「日本人に工芸品や工芸職人を奪われる以前に鋳造されたものだ」と説明されたりしています。


過去の日本への反感があるとはいえ、不確かな根拠に基づく主張を堂々と続ける姿勢は、現代朝鮮と変わらないように見えました。


さらに興味深いのが清国への従属意識です。バードによれば、満州を通って進軍する清国軍は物資を略奪し、代金を払わず宿屋を占領し、女性に乱暴するなどしていました。


これに対し、平壌を占領した日本軍は物資を妥当な価格で購入し、平穏と秩序が保たれていたという。朝鮮人は日本兵を激しく嫌っているものの、その規律や品行のよさについては認めざるをえなかった、とバードは記録しています。


つまり本書から見えてくるのは、品行のよい日本を嫌い、品行の悪い清国に従属する朝鮮人の姿勢です。矛盾しているように見えますが、長い歴史の記憶が朝鮮人にそうさせているのでしょう。


バードはその点について考察せず、英国人として朝鮮における英国の利権が、清国、日本、そしてロシアという大国に影響を受けながら、今後どうなるのか考察しています。帝国主義の時代らしいと感じました。


その後の朝鮮半島をめぐって日本とロシアの対立は激化し、1904年には日露戦争が始まるわけで、まさに激動の時代だったのです。現代の台湾をめぐる米中の対立にも同じ構造を感じました。バードさん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・(ソウルに)人口ほぼ5000人の日本人居留地がある。ここでは朝鮮的なものとはきわめて対照的に、あくまで清潔できちょうめんで慎ましい商店街や家々が見られる(p64)


・村々には学校がある。ただし学校といっても私塾である。家々でお金を出しあって教師を雇っているが、生徒は文民階級の子弟にかぎられ、学習するのは漢文のみで、これはあらゆる朝鮮人の野心の的である官職への足がかりなのである。ハングルは軽蔑され、知識階級では書きことばとして使用しない(p111)


・(金剛山の)寺院で仏教の生みだした文化全般、そして親切なもてなしや配慮、やさしい態度は、この地以外の儒教信奉者を自称する朝鮮人のなかで目撃した尊大な横柄さ、傲慢さ、慢心ときわめて対照的である(p197)


・朝鮮がひとり立ちするのはむりで・・日本とロシアのいずれかの保護下に置かなければならない。もしもロシアが事実上の支配権を得るとするならば、そのあとに来るのはお決まりの結果である・・・イギリスの通商は徐々に朝鮮から撤退することになるだろう


▼引用は、この本からです
「朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期」 イザベラ・バード
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イザベラ・バード(著)、講談社


【私の評価】★★★★☆(86点)


目次


第一部
序 章
第一章 朝鮮の第一印象
第二章 首都の第一印象
第三章 コドゥン
第四章 ソウルの種々
第五章 旅支度/朝鮮の舟
第六章 漢江とそのほとり
第七章 漢江とその人々
第八章 自然の美しさ/急流
第九章 婚礼にまつわる朝鮮の風習
第十章 朝鮮馬/朝鮮の道路と宿
第十一章 金剛山の仏刹
第十二章 長安寺から元山へ
第十三章 迫りくる戦争/済物浦の動揺
第十四章 牛荘/満州
第十五章 満州の洪水/奉天
第十六章 奉天
第十七章 奉天の動揺
第十八章 長崎/ウラジオストク


第二部
第十九章 朝鮮の国境
第二十章 新しい帝国
第二十一章 国王の誓告/国王と王妃
第二十二章 過渡期/「正月一五日」
第二十三章 朝鮮史の暗部
第二十四章 李ハギン氏/葬礼にまつわる風習
第二十五章 坡州から松都へ
第二十六章 松都から平壌へ
第二十七章 北へ、いざ!
第二十八章 徳川から平壌へ
第二十九章 朝鮮の女性の地位
第三十章 キリスト教伝道団
第三十一章 「まげ」/朝鮮版ヒジュラ
第三十二章 国政改革
第三十三章 教育/貿易/財政
第三十四章 朝鮮のシャーマニズム
第三十五章 朝鮮のシャーマニズム(つづき)
第三十六章 一八九七年のソウル
第三十七章 最後に


著者経歴


イザベラ・バード(Isabella L. Bird)・・・1831〜1904イギリスの女流旅行家。イギリス王立地理学会特別会員。1879年、結婚によりビショップ(Isabella L. Bishop)と改姓。世界の広範な地域を旅行し、その旅行記はどれも高い評価を得ている。『日本奥地紀行』をはじめ著書多数。


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