【書評】「天才」石原慎太郎
2026/09/16公開 更新
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【私の評価】★★★★☆(82点)
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要約と感想レビュー
政治は数、数は力、力はカネ
最近、田中角栄の声を再現したAI動画を見て、田中角栄の人生をあらためて確認しようと手にした一冊です。田中角栄の声には、心に迫る力があるのです。
この本は、田中角栄の「政治は数、数は力、力はカネ」という金権政治を批判していた石原慎太郎が、田中角栄自身が独白するような形式で書いた小説となっています。
石原慎太郎は田中の金権政治を批判する一方で、未来を見据えた政策については高く評価していました。田中角栄が地方のテレビ局に放送免許を交付し、全国的なテレビ放送網の整備を後押ししたことや、高速道路・新幹線などのインフラ投資を推進したことが紹介されています。また、石油危機後に独自の資源外交を展開し、原子力発電の推進にも力を入れたのです。
一方、田中角栄がロッキード事件で一審、二審とも有罪判決を受けた司法について、石原慎太郎は強い疑問を抱いていたこともわかります。
アメリカ人記者が、アメリカの刑法では許される免責証言なるものがこの日本でも適用され、それへの反対尋問が許されずに終わった裁判の実態に彼等のすべてが驚き、この国の司法の在り方に疑義を示していた(p190)
田中角栄の魅力
田中角栄にはドモリがありました。山の奥に行って大声で叫ぶ練習をし、克服していったという。
田中角栄は新潟から東京に出て、建設業で成功し、衆議院議員となります。国会では、「あんたら土方をやって汗水たらしてトロッコを押したことがありますかね」と開き直りながら、次々と法案成立に力を発揮していったのです。
石原慎太郎が田中角栄を「天才」と呼ぶ理由の一つは、人を惹きつける魅力にあったのではないかと感じました。田中角栄は冠婚葬祭などの義理を欠かさず、金銭的な支援も惜しまず、強い人間関係を築いていったのです。
「福角戦争」といわれた自民党総裁選では、東京帝国大学から大蔵省を経て政界に入った福田赳夫に対し、多数派工作に成功した田中角栄が勝利します。
党のトップを選ぶ競争では最後は日頃の人間関係がものをいって数にまとまるに違いない(p73)
日中国交正常化とロッキード事件
田中角栄の外交で有名なのは、日中国交正常化でしょう。田中首相は中国を訪問し、日中共同声明によって国交正常化を公表しました。この本では、当時すでに米中接近が進んでいたものの、日本がアメリカに先駆けて中国との国交正常化を実現したことに対し、アメリカは強い不快感を抱いていたとしています。
そして、その後の田中角栄の失脚を決定づけたのがロッキード事件でした。田中は、丸紅側から計5億円を受け取ったとして起訴され、一審、二審で有罪判決を受けます。これに対しこの本では、田中角栄の独自資源外交や日中国交正常化がアメリカを刺激し、アメリカ側が広く手を回してロッキード事件を仕掛けたのではないか、と推測しています。
また、田中の独白として、選挙のために約300億円もの資金を用意しており、ロッキード事件で問題となった5億円は、その中では「はした金」だったと語らせています。
ロッキードから賄賂・・俺にとって五億などという金は・・・俺が調達した膨大な選挙費用の中でははした金ともいえるものだ・・・選挙のために集め用意したおよそ三百億という金の中の、ただの五億という金の由来が問われたということなのだ(p148)
コンピューター付きブルドーザー
高等小学校卒から建設業で成功し、ついには総理大臣となった田中角栄。高速道路や新幹線など大規模なインフラ投資を推進しました。
この本を読むと、田中角栄にとって官僚組織も大きな壁であったことがわかります。官僚を動かし、それでも動かなければ自分でやる。田中角栄が「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれた意味が、少しわかったような気がしました。
金配りと心配りで人を動かし、政界の実力者にまで上り詰めた男。石原慎太郎にとって、田中角栄はまさに「天才」だったのでしょう。石原さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・佐藤(栄作)にとってこの俺はどうも肌合いの違う人間だったようだ・・・役人同士の親近性というのは俺たちにはよくわからないものがある・・役人という種族に国民の期待を読み取る先読みの能力がそれほどあるとはとても思えない(p60)
・役人たちにまかせれば、結局、彼等はアメリカに気兼ねして事が進む訳はない・・・買い付けを俺自身の手でやる決心をしてカナダ、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、ビルマを訪ねて資源の確保のための契約を進めてきた(p115)
・資源外交から戻ってくれば、定例の記者会見で出てくる質問は反主流派の記者からばかりで、政治部の中でもパワーバランスが変わってしまったのを痛感させられたものだ(p119)
・俺は人から借金を申し込まれたら、出来ないと思った時はきっぱりと断る。貸す時は渡す金は返ってこなくていいという気持ちで何もいわずに渡すことにしてきた(p12)
▼引用は、この本からです

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【私の評価】★★★★☆(82点)
著者経歴
石原慎太郎(いしはら しんたろう)・・・1932年-2022年。一橋大学卒業。1955年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」で芥川賞を授賞。著書多数。1968年に参議院議員に当選し、その後衆議院議員として環境庁長官や運輸大臣などを歴任。1999年から2012年まで、東京都知事を4期務める
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