「東日本大震災 東京電力「黒い賠償」の真実」高木 瑞穂
2024/12/09公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(80点)
要約と感想レビュー
原子力損害賠償の問題
先週、福島第一原子力発電所を見学してきたので、原子力損害賠償の実態について調べてみました。
原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下機構)は国債を担保にして賠償金を一時的に負担し、一般負担金として東京電力を含む原発を持つ電力会社が返済する仕組みになっていました。つまり、当初は賠償金5兆円と想定し、東京電力を含む原発を保有する電力会社が毎年2000億円を負担して、25年で返済するスキームでした。
ところが現在は、原子力賠償金は13.4兆円を越えています。2013年から東京電力が特別負担金を負担し、2020年から託送料金に賠償負担金相当額として総額2.4兆円を上乗せするようになったのは、賠償金が想定の5兆円から8.4兆円増えた分を補填するためなのです。
東京電力は特別負担金として毎年500兆円程度を負担していましたが、2023年度は約2300億円を支払っています。一般負担金は、従来どおり原発を保有する電力会社が約2000億円を負担してます。
原子力賠償詐欺事件
この本では、東京電力で原子力賠償の担当者が、賠償金詐欺に関与したとして書類送検され、東京電力から懲戒解雇になったという経緯が紹介されているノンフィクションです。しかし、この担当者は、賠償金を申請する方法を被災者に教えただけと主張しており、結果的に不起訴になっています。
そもそも賠償金は体裁さえ整えれば支払われるので、東京電力は組織として被災者が賠償金をもらえるように指南していたのに、担当者は自分だけが処罰されるはずがないと考えていたようなのです。しかし、担当者は簡単に組織から切られるのです。
岩崎(仮名)は東電から懲戒解雇された・・岩崎は、退職金不支給の懲戒解雇受け入れて、とりあえずサインすることにした。形式上は懲戒解雇だが、会社もどこかで岩崎が不正に関与していないことを分かってくれていると思っていたのだ。だから迂闊にも応じてしまったのである(p221)
馬鹿正直が損をする現実
原子力賠償の支払いは、原則、原発事故が原因で営業利益が減った企業に対し賠償金が支払われます。したがって、原発事故前に赤字なら賠償金は0円で、最低額の月5万円の支払いになってしまうのです。そのため、現地の説明会では嘆き、涙を流される方が多く、別の東電社員は「東北の土地柄なのかね、これが西の方だったらこんなもんじゃ済まないよ」と語っていたという。
また、賠償金の仮払金として200万円を受け取っているのに賠償金が少ない人は、仮払いとの差額の返済を求められます。仮払金を被災生活の中で使い切ってしまい、返却に困る人も多かったという。
さらに賠償金手続きの初期には、杓子定規に型に嵌っていないものはすべて審査が止まることになったという。賠償手続きが滞り、機構から審査がボトルネックだと批判される中、未処理の請求書が処理されるまで担当者の深残業は続いたという。そうした機構の圧力によって、賠償はだんだんと被災者に寄り添い、形だけ整えれば支払うようになっていったというのです。
バカ正直に書いてある請求書も、誰かの指南を受けて水増しされた請求書も、分け隔てなくそのまま支払う(p127)
体裁さえ整えれば支払われる賠償金
そのため、収入を実際より多く記載した人は水増しした賠償金をもらい、逆に、馬鹿正直に申告した人は賠償金をもらえないというのが現実だったのです。例えば、避難先でお弁当を売って被災前より儲かっていると賠償されません。「頑張った人は賠償を受けられない」というのが実態だったのです。
現場の体裁さえ整えればいい、という投げやりなという空気のなかで、著者は水増しが感じられる事例をいくつか警察に通報していたという。例えば、一度に10人が、10人とも同様の請求書を出してきて、すべてに売上台帳の水増しが感じられるようなケースは、別に書類を求めたり、実態を調査し、警察に通報しました。
逆に、東京電力社内から賠償金をお客様に出すように圧力もあったという。例えば、山梨支店長から「アルペン観光に賠償金を何とか支払えないか」との問い合わせがあり、支払いのために論理を組み立てたという。会計士と弁護士の見立てでは、アルペン観光グループのスキー場の赤字は、間接被害にあたるため支払えない方向でしたが、途中から支払うための理由を組み立て、1億5000万円ほどが支払われたというのです。
著者は「自分が書類送検された案件よりも、東京電力内の賠償手法にグレーの部分が多かった」と言いたいのでしょう。
海の家からの賠償請求・・売上台帳の水増しが感じられた・・一度に10人が、10人とも同様の請求書を出してきたのである。それでも岩崎は黙って判を押すよりなかった(p154)
作られる供述調書と新聞報道
賠償金詐欺を防いでいた担当者が、賠償金詐欺を助けたとして書類送検されるというのは、皮肉なものです。担当者が言いたいのは、他の社員と同じように賠償金が支払われるコツを伝えていただけなのに、なぜ自分だけが懲戒解雇なのかということなのでしょう。実際、担当者は不起訴になっています。
取り調べでは「言葉尻とかは変えたよ。これは俺とお前だけが見る資料じゃないんだよ。他の警察官や検察、裁判官も見るんだから分かりやすくしないと駄目だろう。お金がないからと答えただけじゃわからないから、ギャンブルと浪費癖で借金があると付け加えたんだよ」とか「いいか、供述調書は一方的にお前の話を書くんじゃない。そこには俺やお前だけでなく第三者の気持ちも入っているんだよ。わかるか、フィフティフィフティなんだよ!」と供述調書の歪曲を正当化されたという。
また、「いいや、違う。ちゃんと答えろ!全然反省していない!」とか「認めれば人生やり直せるんだよ!」と恫喝され精神的に追い込まれていくのです。
さらに、自供していないのに、「東電社員「現金を受領」NPO側から数百万円賠償金詐欺」という「朝日新聞」(2016年3月18日)の「自供」の報道がされてしまったのには、本当にかわいそうに思いました。警察の尋問姿勢と、裏取りしない新聞報道は想定の範囲内ですが、推定無罪など無視されるのが日本の現実なのです。
弁護士・大隈先生、岩崎です。警察の取調官に対して完全黙秘することが、どういう影響があるのか不安でメールさせていただきました(p53)
不起訴なのに懲戒解雇
この本の内容が事実であるとすれば、不起訴なのに懲戒解雇とは、東京電力および筆頭株主の機構はひどい組織だと思いました。書類送検の段階で処分するのは、間違いだと思います。
担当者の岩崎(仮名)さんも、そうした思いから、原子力賠償の現場の実態を書籍として出版したいと考えたのでしょう。高木さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・刑事はまくし立てるような早口で言った。「認めれば人生やり直せるんだよ!」(p47)
・確定申告と同じで、とりあえず「体裁を整えれば」という感じ・・デロイトしかり、ザルになっても自分の腹は痛まないという投げやりな部分もあった(p126)
【私の評価】★★★★☆(80点)
目次
第1章 疑惑の共犯
第2章 東電入社
第3章 賠償係
第4章 マネーゲーム
第5章 賠償詐欺捜査官
第6章 賠償金
第7章 裁判と述懐
著者紹介
高木 瑞穂(たかぎ みずほ)・・・ ノンフィクションライター。風俗専門誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に社会・風俗の犯罪事件を取材・執筆。
原子力損害賠償関連書籍
「東日本大震災 東京電力「黒い賠償」の真実」高木 瑞穂
「福島原子力事故の責任 法律の正義と社会的公正」森本紀行
「原発賠償の行方」井上 薫
「エネルギー政策は国家なり」福島伸享
「復興の日本人論 誰も書かなかった福島」川口 マーン惠美
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