「暗黒地帯(ダーク・ゾーン)(上・下)」トム・クランシー
2022/02/26公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★☆☆(76点)
要約と感想レビュー
ロシアのクリミア併合後の小説
2014年のロシアによるクリミア併合の後、2017年に書かれた小説「DARK ZONE」の翻訳本です。ニューヨークでウクライナの情報機関の女性がロシア戦車部隊の展開情報をアメリカの元ウクライナ大使に情報提供を求めたところから、この小説ははじまります。ところがウクライナの女性諜報員はその直後に殺されてしまい、身の危険を感じた元ウクライナ大使は統合特殊作戦部隊に助けを求めます。
ロシアとウクライナの諜報機関の活動状況を分析してみると、ウクライナ軍の不平分子が国境付近に展開しているロシア基地への攻撃を計画していることがわかってきました。ヨーロッパでの戦乱を防ぐため、アメリカ統合特殊作戦部隊はロシア基地への攻撃を阻止しようと動き始めるのです。この小説が現実をできるだけ再現しているとすれば、ヨーロッパではNATO軍とロシア軍が常に監視し合い、仮にどちらが先制攻撃してきても一方的な戦いにならないようにバランスを取っていることがわかります。
本書のストーリーのように両軍が演習をしているような状況でウクライナ側から攻撃が行なわれれば、即、ロシアの反撃が開始され、大規模な戦争に突入する可能性があるのです。
・「抵抗を受けずにウクライナに侵入したい」プーチンは続けた。「・・・われわれには、突入できるような戦車と兵員と砲兵がある。だが未来の戦争は心理戦だ・・・安全な暗黒地帯を創りあげ、だれであろうとわれわれに挑むのを怖れるよう仕向ける(p114上)
国土回復(レコンキスタ)は歴史に名を残す名誉
この本の面白いところは、ロシアのクリミア併合以降の状況を理解することができることでしょう。例えば、ロシアの弱点は戦争で負けてはならないということです。仮にロシアがウクライナを短期間に占領できなければ、経済制裁によってロシア経済が破綻し、プーチンの地位は危うくなってしまうでしょう。ロシアでは力が正義であり、力がないと証明されることは致命的なのです。
また、ヨーロッパでは国土回復(レコンキスタ)が歴史に名を残す名誉であるということです。そのためにヨーロッパでは戦争が絶えなかったのかもしれませんが、ロシアは国土回復したい。ウクライナも国土回復したいのです。そして、プーチンは力による恫喝によってロシア国内で権力を確立してきました。同じように国際的にも力による恫喝よってロシアの安全保障を確実にする「暗黒地帯」を創りあげようとしているのです。
・国土回復(レコンキスタ)・・・ウラジミール大公国のアレクサンドル・ネフスキー大公が、争い合っていた公国を団結させ、ドイツ騎士団と戦った(p127下)
恐怖で統制
プーチンがウクライナ侵攻を決断したということは、決して負けないという確信があったということでしょう。アメリカもNATOもウクライナには介入しないという確信があったはずです。中露は国内を恐怖で統制していますから、ウクライナがロシアに併合されれば、ウクライナも同じように恐怖で統制されることになるのでしょう。中露では数百万人を投獄したり、殺害したりするのは犯罪ではなく自分の権力を強めることになるからです。だからこそ、ウクライナ人は命をかけて戦っているのです。
アメリカとNATOが介入しない以上、ウクライナがロシアに併合または傀儡政権が作られると思いますが、目の前で小説と同じように物事が進行しているのが不思議な感覚でした。これが現実なのでしょう。クランシーさん、良い本をありがとうございました。
この本で私が共感した名言
・NATO側が制空権を握ればロシアは敗走するだろうが、状況が悪化すれば戦域は何十年も荒廃したままになる・・・となると、特殊作戦だな・・・精密攻撃だ」重装備を取り除くか、故障させれば、兵員や資材を移動できなくなる。そういう攻撃になるはずだった(p36上)
・プーチンはそういうふうに見せしめで恫喝して、権力をものにしたのだ。1999年にプーチンが大統領に就任すると、ありとあらゆるたぐいの敵が叩き潰された。何人もが投獄され、暗殺された(p115上)
・レーニンやフルチショフのことを考えてください。彼らは数百万人を投獄したり殺したりして、自分たちのまわりの安全圏を拡大しました(p215上)
・プーチンはNATOを刺激して、結束をじわじわ突き崩そうとしている・・・ロシア軍は前線は薄くのび切っている。問題は、軍事行動を起こして敗北したらどうなるかということだ(p217上)
・プーチンはけっして複雑なことはやらない。直線的な思考以外の能力がない。何事でもまっすぐ突き破ろうとする(p105下)
・プーチンがふたたび戦争に踏み切ったら、ロシアは財政破綻する。プーチンが交渉する道を選べば、われわれは国土を取り戻すことができる(p144下)
▼引用は、この本からです
トム・クランシー, スティーヴ・ピチェニック、扶桑社
【私の評価】★★★☆☆(76点)
著者経歴
トム・クランシー(Tom Clancy)・・・1947年メリーランド州ボルチモア生まれ。1984年『レッド・オクトーバーを追え! 』が大ベストセラーとなり、流行作家の仲間入りを果たす。同作の主人公ジャック・ライアンが活躍するシリーズのほか、『オプ・センター』シリーズや『ネットフォース』シリーズ(いずれも共著)など、数々のヒット作を生み、ゲーム制作にも乗り出した。2013年死去。
スティーヴ・ピチェニック(Steve Pieczenik)・・・1943年キューバ生まれ。精神科医、作家。ハーバード大学卒。歴代政権のもと米国副国務長官補として活躍する一方、作家としても活動。トム・クランシーのビジネス・パートナーとして『オプ・センター』『ネットフォース』の両シリーズを共に執筆。
ウクライナ関係書籍
「物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国」黒川 祐次
「ウクライナ人だから気づいた日本の危機」グレンコ・アンドリー
「暗黒地帯(ダーク・ゾーン)(上・下)」トム・クランシー
「悲しみの収穫―ウクライナ大飢饉」ロバート・コンクエスト
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