「悲しみの収穫―ウクライナ大飢饉」ロバート・コンクエスト
2018/02/16公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★☆☆(80点)
要約と感想レビュー
まじめな農民から順番に銃殺
ハーバード大学ウクライナ研究所でまとめられた、1930年頃のウクライナで行われた農業の集団化とその結果です。当時のソビエト連邦では権力を掌握したスターリンが、農業集団化を強引に進めました。その方法は、豊かな農民を銃殺し、その家族をシベリアに強制移住させるというものでした。マルクスとエンゲルスは、共産主義革命は、あらゆる階級と民族を潰し、そしてできた一つの階級によって成就されると言っているのです。
まじめな農民から順番に銃殺または収容所に送られ、ウクライナから消えていったのです。執行部は富農を三つのカテゴリーに分け、第一カテゴリー(銃殺または禁固)は約100,000人で、第二カテゴリーの富豪は、第一カテゴリーの家族をふくむ150,000世帯で、ロシアの北部、シベリア、ウラル地方、カザフスタンなどの遠方に強制移住させられ、最終的に財産を没収されたのです。
同じように1926年、カザフ人の38.5%が家畜のみに依存し、33.2%が家畜と農業の両方に依存し、四分の一しか農業に従事していないのに、政府は古い伝統をもつ遊牧生活を、集団化した農業社会に転換させました。1930年における富農撲滅運動では、55,000~60,000世帯が大地主のレッテルをはられ、40,000世帯が「非富農化」され、他の家族は財産を残したまま、強制移住になったという。
・合同国家政治保安部の報告書は、1931年、「その土地で最もよく働く最良の労働者が連行されてゆく」というコルホーズの簿記係のことばを引用している(そして、場違いの、怠け者が残るのだ)(p231)
革命によってブルジョワを抹殺
そもそも革命によってブルジョワを抹殺し、労働者階級が共同社会を作るのが共産主義思想です。その共産主義国家の指導者は、ブルジョワを抹殺することが仕事なのです。共産主義では常にブルジョワや富農といった人民の敵が作られます。そこで人民の敵を粛清するという名目で敵対勢力を一掃し、権力を掌握するというのがお決まりのパターン。お金という指標のない共産主義では政治闘争がすべてであり、その余波で多くの人民が死んでいったのです。
だから、ウクライナ人民委員会の議長チュバーリが「せめて飢えた子供らだけでも、食物をやってほしい」とスターリンに訴えたが、その返事は「ノー・コメント」で、もし救済のために穀物を送れば、飢饉を認めることになるし、また富農が穀物を隠しているという主張と矛盾してしまうというのです。さらに、子供に食物を与えれば、大人だけを飢えさせることになり、都合が悪いというわけです。
・合同国家政治保安部は、家畜の死亡率が高く、動物の死の処理に問題があるとして獣医たちを粛清した。そして、これが慣例になった。1933~37年、ヴィーンニツァ州だけで100人の獣医が銃殺になったという(p404)
ウクライナ語の学校は閉校
1863年には、ウクライナ語は存在せず、ロシア語の単なる方言にすぎないこととし、「純文学」以外、ウクライナ語を用いた作品を禁止した法令が作られました。ウクライナ語の学校は閉校、ウクライナ語の書物・新聞が発禁になったという。そして、多数のウクライナ人が北ロシアに強制移住させられたのです。敵を粛清して権力を握る。共産主義国家であるロシアの手法は、現代社会でも繰り返されているように感じました。
そして、日本を敵として、国家として教育・情報操作している国があることは本当に恐ろしいことだと思いました。そしてその国が、共産主義国家であればなおさらです。コンクエストさん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・刑務所では別の農民が彼に忠告した。自白を求められたら、みんながしたようにサインしろと。・・「だが、自白すれば銃殺になるだろう」「そうだ、しかし、お前は少なくとも拷問を受けずにすむ」(p267)
・政府によって自分の両親が殺された子供たちが、政府の教育をうけ、冷酷な人間になり、政府の最もいやらしい手先になった・・ポケットに穀物をつめこんでいる父親を見つけ、彼を逮捕させた(p489)
・歴史から主として学んだことは、共産主義思想が、男と女と子供たちを前例のないほど大量に殺戮するための動機を与えたということであろう(p573)
・ロシア国家の支配とともに、ロシア式の封建制度がウクライナに広がった。広大な領地が、王室の寵臣たちに分与された。1765年から1796年までに出された勅令は、ウクライナ農民の自由を奪い、彼らをロシア農民の水準までに引き下げた(p51)
恵雅堂出版
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【私の評価】★★★☆☆(80点)
目次
第一部 主役たち ─党、農民、国家
第一章 農民と党
第二章 ウクライナ国家とレーニン主義
第三章 革命、農民戦争、飢饉 1917年~1921年
第四章 閉塞期 1921年~1927年
第二部 農民蹂躙
第五章 激突の年 1928年~1929年
第六章 「富農」の運命
第七章 急激な集団化とその失敗。1930年1月~3月
第八章 自由農民の最後 1930年~1932年
第九章 中央アジアとカザフ人の悲劇
第十章 教会と民衆
第三部 飢饉テロ
第十一章 ウクライナへの猛攻 1930年~1932年
第十二章 飢饉の猛威
第十三章 荒廃したウクライナ国土
第十四章 クゥバーニ川、ドン川、ヴォルガ川
第十五章 子供たち
第十六章 死亡者数
第十七章 西ヨーロッパの記録
第十八章 責任問題
エピローグ ─その後の推移
著者経歴
ロバート・コンクエスト(Robert Conquest)・・・1917年‐2015年。イギリスの歴史学者、詩人、小説家。オックスフォード大学モードリン・カレッジで博士号取得。英国での外交官勤務を経て、スタンフォード大学フーバー研究所上級研究員、コロンビア大学ロシア研究所とウイルソン・センターフェロー、ヘリテージ財団客員研究員、ハーバード大学ウクライナ研究所研究員。2005年、米国で大統領自由勲章(文民向けの最高勲章)を授与された
ウクライナ関係書籍
「物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国」黒川 祐次
「ウクライナ人だから気づいた日本の危機」グレンコ・アンドリー
「暗黒地帯(ダーク・ゾーン)(上・下)」トム・クランシー
「悲しみの収穫―ウクライナ大飢饉」ロバート・コンクエスト
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