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【書評】「村に火をつけ、白痴になれ―伊藤野枝伝」栗原 康

2025/05/21公開 更新
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「村に火をつけ、白痴になれ―伊藤野枝伝」栗原 康


【私の評価】★★★☆☆(72点)


要約と感想レビュー


アナキストとは

今月の「いろは横丁読書会」の課題本なので読了。伊藤野枝(いとうのえ)とは、大正時代の女性開放運動の元祖ともいわれている女性です。伊藤野枝は恋人のアナキスト大杉栄とともに、関東大震災の混乱の中、憲兵隊特高課の甘粕正彦他によって殺害されています。


ここでアナキストとは、無政府主義者のことで、政治的な権力を否定し、個人の自由が重視される社会を理想とする思想です。アナキストは社会主義者と同類に見られがちですが、野枝と大杉は月刊誌「労働運動」を発行し、その中で左派勢力を弾圧しているロシア革命を批判しています。


つまり、資本主義でも社会主義でも政府が弾圧すること自体に反対なのです。個人の自由を基本とするアナキストには、いかなる権力の強制は許せないというわけです。


大杉は・・労働組合までふくめて、そういう上からの組織化こそが問題なんだと。なにが軍隊だ、なにが前衛党だ。ひとがひとを支配すること、それ自体が権力である(p147)

伊藤野枝とは

伊藤野枝(いとうのえ)とは、どういう人だったのでしょうか。野枝は読書が好きで、俳句を書き、三味線を引きました。当時は家どうしが結婚相手を決める時代でしたが、野枝は自由恋愛当たり前の女性だったようです。


野枝には親の決めた婚約者がいましたが、東京への憧れから親戚を頼りに上京し、女学校に入学します。そこで、英語教師の辻と出会い、恋心を抱きます。女学校の費用は婚約者から出してもらっていた手前、野枝は結婚を承諾しますが、結局、婚約者の家から飛び出し、辻の家に転がり込むのです。


当時は、姦通罪のある時代で、婚約者から告訴すると脅されるし、辻も上司から叱責されます。辻も自由な人で、野枝との結婚を優先し、女学校を退職してしまいます。こうして野枝と辻は結婚できることになるのですが、当時としては自分勝手な行動と見られていたようです。自分勝手で何が悪いというのが、野枝の思想なのです。


野枝にいわせれば、そもそも貞操という発想がおかしい・・・戦前の日本には姦通罪というのがあって、夫は未婚女性と浮気してもなにもいわれないのに、妻が浮気をすると姦通だなんだといわれて相手の男ともどもうったえられる(p63)

自由恋愛の末路

自由奔放な野枝ですが、パートナーも自由奔放な人ばかりです。その後、辻は、伊藤野枝のいとこと浮気をして野枝に知られてしまいます。その浮気を相談していた大杉栄と野枝が恋愛関係になるのですから、自由奔放な人たちです。


大杉には、堀保子と言う内縁の奥さんがいたのですが、東京日日新聞で働いていた神近市子とも恋愛関係にありました。野枝も加えて、大杉栄は三人の女性を相手にしていたということになります。大杉栄に言わせれば、アナキストとは個人の自由を尊重し、自由恋愛、一夫多妻を推奨しているのですから、問題ないのです。


しかし、嫉妬に狂った神近市子は、葉山の旅館に野枝と一緒にいた大杉の喉を短刀で突き刺します。この時は、大杉は何とか命は助かりました。しかし、マスコミや世間の批判は続き、大杉の妹が結婚を破談にされてしまい、自殺するという事件が起こります。マスコミによるいじめは、この頃から行われていたのです。


マスコミのバッシングは、なかなかやまない。不倫だ、愛人、クソだの・・名古屋に住んでいた大杉の妹、秋が二人のスキャンダルをうけて、結婚を破談にされてしまい、失意のはてに自殺してしまった(p94)

著者の歪曲に注意

本書のタイトル「村に火をつけ、白痴になれ」は、伊藤野枝の小説「火つけ彦七」から著者がつけたものです。


この小説では、被差別部落の彦七青年が村の人々に高利で貸しつけて金持ちになります。しかし、一部の村人のうらみを買い、家に火をつけられて一文なしになり、最後に村にもどって放火して村人につかまるというものです。


著者は、当時の主婦たちが米屋を襲うという米騒動を紹介しつつ、野枝の「堂々と生きる」とは、カネがなければ、うばえばいい。強奪だ!と勝手に解釈しているのです。放火には放火ということでしょう。


私には伊藤野枝の思想とは、自分は自由に生きるので、外からの常識や倫理といった圧力はできるだけ排除して、自分の力で生きていくという覚悟だと感じました。強奪しなくても、放火しなくても生きていく道はあるはずなのです。


それ以外にも著者の歪曲が目につきます。例えば、大杉が「資本家と労働者の関係は、主人と奴隷みたいなものだ」と言ったことを紹介し、資本家を打倒せよといった論調に誘導しています。


大杉さんは、労働者が資本家を打倒して労働者が代わりに社会主義という官僚組織の支配国家になっては意味がないと考えていました。どちらかといえば、民主主義に近い思想なのです。


歴史的事実の記載と、著者の誘導とを分けて読みたいものです。栗原さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・野枝のあたまにあるのは、率直にこれだけである。もっとしりたい、もっとかきたい、もっとセックスがしたい(p7)


・辻潤(つじじゅん)・・マックス・シュティルナー「唯一者とその所有」にはまり、その信奉者になった。汝、わがままに生きたまえ。アナキストだ、エゴイストだ・・そんな先生が上野高等学校にやってきた(p21)


・かの女は、素で約束そのものを破棄しようとしていた。ああしなきゃいけない、こうしなきゃいけないというきまりごとなんて存在しない。それはどんなに良心的にかわされたものであったとしても、ひとの生き方を固定化し、生きづらさを増すことにしかならないからだ(p8)


▼引用は、この本からです
「村に火をつけ、白痴になれ―伊藤野枝伝」栗原 康
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栗原 康 (著)、岩波書店


【私の評価】★★★☆☆(72点)


目次


第1章 貧乏に徹し、わがままに生きろ
第2章 夜逃げの哲学
第3章 ひとのセックスを笑うな
第4章 ひとつになっても、ひとつになれないよ
第5章 無政府は事実だ


著者経歴


栗原 康(くりはら やすし)・・・1979年埼玉県生まれ.早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。


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