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「消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い」岡部 伸

(2019年3月 1日)|本のソムリエ メルマガ登録
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消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い (新潮選書)


【私の評価】★★★★☆(87点)


内容と感想

■なぜ日本は、太平洋戦争末期に
 対日参戦準備をしていたソ連に
 和平仲介をお願いしていたのでしょうか。


 実は、ヤルタ会談において、
 ソ連が対日参戦するという情報が、
 スウェーデン、ドイツから
 参謀本部に送られていました。


 参謀本部とロシア課長は、
 ソ連の対日参戦を予測していたにもかかわらず
 軍上層部や政府首脳に
 この予測を伝えていないのです。


 軍上層部や政府首脳は、
 ソ連が対日戦争の準備をしているとは知らず
 中立条約を結んでいるソ連に
 終戦の仲介をお願いしていたのです。


・ヤルタで密約が結ばれたという情報を、会談直後に密かに入手して、北欧の中立国スウェーデンから、機密電報で日本の参謀本部に打電した人物がいた・・帝国陸軍のストックホルム駐在武官だった小野寺信(まこと)少将である(p16)


■著者は、瀬島龍三がソ連に出向き
 和平工作を行っていた形跡があることから、
 この和平工作を行っていた参謀本部が
 ソ連の対日参戦という情報を
 握り潰したのではないか、
 と推測しています。


 つまり、ソ連を仲介役とするという
 終戦の筋書きができており、
 その国策に都合の悪い情報は
 ないことにしたのです。


 瀬島龍三は、台湾沖航空戦でも大戦果に
 疑問があるとの情報を握り潰した前科があります。
 その結果として、陸軍は作戦を変更し、
 フィリピン・レイテ島での惨敗の
 一因となったと言われています。


・瀬島が岡田や迫水らとソ連仲介による和平工作を構想し始めていたとしたら、ドイツ降伏の三ヶ月後に、交渉すべきソ連が確実に参戦するという小野寺からのヤルタ密約情報は、彼らにとって和平構想が崩壊する「不都合」で「不愉快」な情報だったに違いない。たとえ小野寺の電報が真実を伝える客観性があるものだったとしても、権力の中枢で主観的願望から立案した一大プロジェクトを崩壊させてしまう恐れがあるからこそ、これを抹殺したのではなかろうか(p453)


■面白いのは、
 なぜ杉原千畝がリトアニアで
 ポーランドのユダヤ難民に
 ビザを発給したのか、
 その背景が書かれてあることです。


 当時、帝国陸軍のストックホルム駐在武官だった
 小野寺信は部下の杉原千畝とともに
 ヨーロッパにおける諜報活動を行っていました。


 そして諜報活動の中で重要情報を得ていた
 ポーランド諜報組織の依頼に基づき
 ボーランド難民へ査証を発給したというのです。


・杉原が難民にビザを発給した最初の動機は、情報の見返り。つまり諜報任務のためである。それを求めた亡命ポーランド政府参謀本部の狙いは、「難民を北米大陸などに逃し、亡命ポーランド軍に加わらせること」(ルトコフスカ教授)にあった(p187)


■あまりのボリュームに
 読むのに一週間かかりました。


 太平洋戦争については、
 なぜ日本は日独伊三国同盟を
 締結したのかという経緯についても
 追っていきたいと思います。


 岡部さん
 良い本をありがとうございました。


この本で私が共感した名言

・林(三郎)は・・1943(昭和18)年10月からロシア課長を務めた。参謀本部での対ソ情報勤務が通算8年に及ぶ参謀本部きってのソ連情報の専門家だった・・・「ヤルタでスターリンが対日参戦、ドイツ降伏後三ヶ月で対日参戦の約束をしたという電報は見ました(p61)


・林は、この同台経済懇話会の講演で、いみじくも釈明していた。「・・このソ連の密約説を半信半疑に受け取っておりました。今でこそあれは真実だったと言えるのですが、当時は半信半疑でした。早い話が7月下旬に参謀本部のロシア課は、ソ連の対日参戦の時期を夏秋の頃と、非常に幅をもたせた判断をしている(p63)


・林ら参謀本部の中枢にいたアナリストたちは、ドイツ降伏後、ソ連が対日参戦することをある程度予測していたのだろう・・しかし上層部や政府の首脳に、このインテリジェンスを伝えた形跡はない(p68)


・大島浩駐ドイツ大使が驚くべき告白をしていたことがわかった。「ドイツのリッベントロップ外相から、ヤルタ会談でソ連が対日参戦を決めたことを知り、二度も外務省に伝えた」というのだ(p53)


・小野寺 アメリカはヨーロッパでの参戦に機会を狙っていたから。日本が、その口実を作ってやったものだ。正直、ドイツはがっかりしたと思うな(p239)


・小野寺 ヨーロッパにおる日本人でドイツの劣勢を知らんのは「(ドイツの)武官だけだろう」と言われた。日本の新聞社は嗅ぎつけていた。戦線から帰ったものや、いろんな情報を集めて、大変なことになっとった・・・ドイツがこういう(劣勢)状態にあるので、日本は、その片棒担がせるつもりで、開戦するのには全く反対だった。適当ではないと。戦争は絶対反対だという電報打ったよ(p236)


・ちなみに日米開戦前夜の1941(昭和16)年12月7日午前11時ごろ、大本営第11課(通信課)の戸村盛雄少佐は瀬島少佐とともにルーズベルト米大統領から天皇あての親電の配達を遅らせたとの証言もある(p85)


・ラストヴォロフの米国での証言のなかに、「(シベリア抑留中に)11名の厳格にチェックされた共産主義者の軍人を教育した」との供述があり志位、朝枝のほかに瀬島龍三、種村佐孝の名前が挙げられている・・・種村は帰国後、公然の日本共産党党員となったという(p446)


・対米戦争という無謀な方向に舵を切るには、ドイツとの協調が不可欠だった・・・インテリジェンスも、大島浩大使らによるナチスが伝えるトップダウンのプロパガンダ情報一辺倒になる。大島は、ヒトラーを信奉する言わずと知れた陸軍きっての親ドイツ派だった(p199)


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目次

第1章 日本が世界地図から消える!?―ヤルタ密約情報は届いたか
第2章 和平工作の予行演習―任地がその運命を決めた
第3章 ドイツが最も恐れた男―同盟国の欺瞞工作を暴く
第4章 日米開戦は不可なり―北欧の都からの冷徹な眼
第5章 ヤルタ密約情報来たる―存亡をかけたインテリジェンス
第6章 間に合った「国体護持」情報―8月14日にそれは届いた
第7章 対ソ幻想の謎を解く―天皇の意思を曲解した人々



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