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「転進 瀬島龍三の「遺言」」新井 喜美夫

2018/09/13公開 更新
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転進瀬島龍三の「遺言」


【私の評価】★★★★★(95点)


要約と感想レビュー

 1981年に発足した第二次臨時行政調査会(土光臨調)で、東急電鉄取締役の著者と伊藤忠商事副会長の瀬島龍三は、共にメンバーとして同じフロアで仕事をしていました。言うまでもなく瀬島龍三は、太平洋戦争開戦では、参謀本部において陸軍のすべての軍事作戦を指導し、終戦後はソ連に11年間抑留された軍人です。


 瀬島はシベリア抑留から帰国後、伊藤忠商事に入社し、常務、専務、副社長、副会長、会長を歴任しています。瀬島龍三とは何だったのか、それは著者のテーマであり、私のテーマでもあります。


・私が「東条英機はミッドウェー海戦で、連合艦隊の中核である機動部隊が壊滅状態になったと知らなかったそうですね」と水を向けると、瀬島が事もなげに行った。「ええ、知らなかったでしょうね」(p18)


 瀬島龍三は、土光臨調において、土光の意向をメンバーに浸透させ、行財政改革を成功させました。組織を動かすのが得意だったのです。つまり、上の意向を忖度し、意向に沿った解決案を考え出し、忠実に実行していく。


 その一方で、自分の不利になるようなことは一切口にすることはなく、人を非難することもなかったという。だから組織の中では出世しやすいのですが、その底が見えないところが不気味に感じます。


・瀬島には特徴的な人への評価の仕方があった・・・決して、人を非難はしない。人に関してコメントする場合は、長所だけをピックアップし、言及する。裏を返せば、自分が認めない人間については一言もコメントしない・・・嘘はいわないが、かといって、余計な真実も喋らない(p129)


 瀬島龍三とは、非常に優秀な参謀であり、目標に向けて組織を動かしていくプロなのだと思いました。その一方で、頭が良いので、自分の不利になるようなことはしない。上に逆らうこともなければ、悪口も言わない。そこで上に頭の悪い人がいるということが、日本の不幸であった、ということなのでしょうか。


 瀬島龍三と直接語り合った内容を記録した貴重な資料だと思いました。新井さん、良い本をありがとうございました。


この本で私が共感した名言

・ガダルカナルの作戦をなぜ、止めなかったのですか・・・当時の状況では、やるなとはいえなかったのです。一木大佐や川口少将が、ぜひやらせてくれと強固に主張する・・川口や一木は瀬島より階級も年齢も上である(p35)


・杉山(元)のあだ名は「便所の扉」。「どちらでも、押した方向に動く」ことから、こういわれた。そんな、言動がちゃらんぽらんでお粗末な軍人がトップにいて、アメリカと戦った・・ところが、瀬島の杉山評は、「あの人は自分の知る限りは、全体的に見ると慎重な方で、非常にやさしい人でした」だった(p131)


・瀬島は人によって態度を変える。また、都合の悪いことは口にはしない。これは瀬島の遺伝子に組み込まれたもともとの性格というより、秩序と栄達を何よりも大きな価値観として生きてきた瀬島が処世術として身につけたものなのだろう(p132)


・瀬島は名コピーライターだった。「転進」・・これは瀬島が考案した言葉だ。日本陸軍は、「退却」を極度に嫌った(p140)


・「日米開戦に慎重な人もたくさんいました。一方で、しゃにむにやろうと主張している人も いっぱいいました。どちらも日本のためにと考えていたに違いない」と瀬島は私に語ったが、そう自分を納得させるしかなかったのだろう。しかし、そこに私は瀬島の限界を見る思いがするのである(p197)


・故郷を想い、父母に孝行し、兄弟を愛し、隣人と助け合う。この日本人の特徴は、「先住民を虐殺して、自分の国にしてしまったアメリカ人などと比べれば、はるかに優っている。文明では西洋に劣るが、人間的には優れている」というのが、瀬島の持論だった(p281)


・軍隊と官僚機構の本質・・・完全な年功序列制なので、たいした能力がなくても、組織に従順でありさえすれば、ある一定の地位まで出世できる。これは軍隊とて同じ。辻政信のような、めちゃくちゃな人物でも、陸士や陸大を主席で卒業したというだけで、やがて参謀本部などのエリートポストに配属になった。また、嘘はつかないまでも、自分たちにとって都合の悪い情報はひた隠しにする点も共通している(p290)


・日本は結局、北進ではなく逆に南進をして、アメリカを第二次世界大戦に引き入れてしまう。ドイツからすれば、対ソ戦に協力してくれるどころか、最も嫌な相手を日本が戦争に引きずり込んだわけだ。対米戦争に日本が踏み切ったと聞いたヒトラーは、「日本はなんと愚かなのか」と呆れたという話が残っている(p153)


・明治維新は無血革命だという人がいるが、現実には小規模ではあっても鳥羽・伏見の戦、戊辰戦争など、幾度かの流血の内戦を経ている。本質は薩長による軍事クーデターだ(p172)


・確かに大本営は名目上あったが、陸軍部と海軍部に分かれており、作戦も陸軍は参謀本部で、海軍は軍令部で立案。事実上、別々の組織として動いていた(p29)


・陸軍の中枢を占めたのは長州、海軍は薩摩である(p181)


・五島(慶太)が裁判関係者らへの贈り物として差し出したのが、五島美術館所蔵の絵画だった。五島美術館には、横山大観の富士の絵が山ほど眠っていた・・・結果、多くの横山の富士の絵が海を渡ったのと引き換えに、A級戦犯候補が少なからずリストから外されたり、罪を軽減されたりした・・・星野直樹・・加屋興宣・・(p22)


・田中(角栄)ら錬金術の秘密は、キックバックだった。政治力を使って、仕事を世話する。たんまりと儲けた企業に、田中はキックバックを要求した。そして、政治献金1000万円をもってきた者には、100万円という具合に、一割ほどのキックバックを忘れなかった。実際、臨調の事務局には調査結果を示す数字もあった(p47)


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【私の評価】★★★★★(95点)


目次

第1章 敗北を知らなかった東条英機
第2章 守一隅 照千里
第3章 天皇の忠臣
第4章 昭和最後の参謀の素顔
第5章 北進か南進か
第6章 明治維新の功罪
第7章 対米開戦の真実
第8章 シベリア抑留が残したもの
第9章 転進
第10章 遺言


著者紹介

 新井 喜美夫(あらい きみお)・・・1927年、東京都に生まれる。太平洋学会理事長。東京大学経済学部卒業後に明治生命に入社。1961年東急グループ総帥の五島昇氏にスカウトされ、東急エージェンシー入社。1986年東急総合研究所所長、1993年東急エージェンシー社長、1999年同社会長。2000年退社


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