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【書評】「日航123便事故40年目の真実」米田 憲司

2025/09/24公開 更新
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「日航123便事故40年目の真実」米田 憲司


【私の評価】★★★★☆(82点)


要約と感想レビュー


日本航空123便墜落事故の謎

1985年8月12日、日本航空123便が群馬県の御巣鷹山に墜落し、520名が亡くなりました。事故原因としては、事故調査報告書に記載された、製造元のボーイング社による機体尾部の圧力隔壁の修理不良と思っている人が多いのではないでしょうか。


しかし、実際には圧力隔壁の破壊に伴う急減圧が起きていないという証言もあり、謎が多い事件なのです。この本では、事故原因の謎、救助が遅れた謎について現状でわかっている事実を提示し、著者の推測が説明されています。


なお、著者は事故当時、日本共産党機関誌「赤旗」の関東信越総局長であり、その点を割り引いて読む必要があります。


隔壁破壊ではなく垂直尾翼の破壊から始まったとする説のほうが、事故調査報告書より合理的に説明できる(p3)

事故原因の謎

事故調査報告書では、圧力隔壁が一瞬で破壊し、客室内の空気が噴出して、垂直尾翼が破壊されたとしています。垂直尾翼を破壊するほどの空気が一瞬で客室から吹き出すと仮定すると、客室内は急減圧により25度からマイナス40度に下がったと報告書では推測しています。


急減圧すると空気中の水分が凝縮し、濃い霧のようになります。ところが、生存者からは薄い霧の証言はありますが、急減圧に相当する濃い霧は出なかったのです。また、マイナス40度で「寒かった」とか「空気が後方に流れた」との証言もないと著者は矛盾を指摘しています。


また、事故調査委員会の八田桂三委員長は、ボイスレコーダーの回収もされていない事故から4日後に、現場で発見された圧力隔壁がめくれており、「圧力隔壁が破損し、客室内の空気が噴出して垂直尾翼を吹き飛ばした」という仮説を記者会見で発表しているのも仮説ありきの報告書ではないかと疑問に感じさせます。


不思議なのは事故調査委員会は、事故原因究明に重要である垂直尾翼を探すための海底調査を、何も発見できずに打ち切っていることです。


日航の整備関係者の話として、このような調査報告書になったのは、ボーイング社が刑事告発されないと知っている人間が、航空産業も日本航空も守れると判断したからだとの記載がありますが、この記載の信憑性はどうなのでしょうか。


ボイスレコーダーから分かる乗員の操縦は急減圧の場合とは明らかに違う操縦をしており、生存者も「バーン」という衝撃音は後部上方から聞こえており、客室のことはなかったと証言している(p3)

救助が遅れた謎

もう一つの謎は、日航123便の墜落2時間後に、米軍ヘリ乗員が現場に降りて救出作業に取りかかろうとしていたら、「日本側が向かっている」との理由で撤退命令が出たことです。ところが最初の救援隊が日航機にたどり着いたのは、墜落の12時間後だったのです。


さらに捜索隊は、「墜落場所は御巣鷹山だから早く行くべきだ」と群馬県警や自衛隊に進言していましたが、「これは命令」といって、捜索隊を隣の谷から移動させなかったという。自衛隊は飛行機やヘリを派遣していますが、救助対応の装備をしたヘリは派遣していないのです。生存者の4人は急斜面の尾根に寝かされたまま、2時間以上、自衛隊の救出ヘリを待つことになりました。


謎は、なぜ米軍の救助を断ったのか(なぜ米軍に救助を頼まなかったのか)。なぜ救助が12時間後になったのか、ということです。


著者は友人のジャーナリストの話として、墜落の3時間後、サーチライトを灯けたヘリと背広姿の男二人が墜落現場の方向に向かって言ったと証言していますが、この話の信憑性はどうなのでしょうか。


アントヌッチ中尉・・2人の乗員をホイストで地上に降ろすつもりでいた・・将校は「直ちに基地へ帰還せよ」「日本側が向かっている」といったので、「司令部、海兵隊は救助続行を希望している」といったが・・引き上げはじめた・・9時20分に最初の日本の飛行機が現れた(p98)

関係資料は廃棄された

2000年に運輸省航空事故調査委員会事務局が、日航123便墜落事故の「事故調査報告書」作成に使った資料を廃棄しました。これは、運輸省の文書処分の責任者がメールで「今年は、情報公開法の施行を意識し、各局とも精力的に実施」「保存期間の経過した事故調査関係文書等を積極的処分」などと通知しており、情報公開法の施行で情報が流出しないために「処分」したのです。


著者は、諸外国では真相究明のために航空機事故は免責になるのに対し、日本では航空機の事故調査報告書が警察の鑑定書として使われ、刑事罰を受ける可能性があることが、このような捏造に近い事故調査報告書が作られる原因と示唆しています。


日本乗員組合連絡会議でも、「日本航空123便 事故報告書についての解説に対する日乗連の考え方」の中で、報告書の矛盾点について厳しく指摘しています。


日本では、関係者の免責がなければ、事件の真相が明らかになることは今後もないのでしょう。米田さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・報告書の本文では「18時26分30秒以降数回にわたり酸素マスク着用についての声が記録されている」としているが、巻末の操縦室音声記録では酸素マスク部分は18時33分35秒にある・・・ボイスレコーダーが将来、外部に流れてしまうことまで考えてはいなかったのだろう(p175)


・複数の日航の元機長は「その段階で原因を垂直尾翼の損壊にまでは考えが及ばず、まずチェックリストで調べる」といっている・・操縦不能の原因を想定する重要な会話があるはずで、それらの会話がまったく無いのはとても不自然で、疑問を感じる(p179)


・18時24分35秒に「ドォーン」という音が発生し「なんか爆発したぞ」といったわずか7秒後の18時24分42秒に「スコーク77」(緊急通信信号)を発信していることである。普通は計器盤を確認したり、客室乗務員に連絡を入れて問題個所を確認してから緊急事態と判断して発信することになっている(p181)


▼引用は、この本からです
「日航123便事故40年目の真実」米田 憲司
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米田 憲司 (著)、宝島社


【私の評価】★★★★☆(82点)


目次


序章 日航123便の航跡/日航123便墜落現場
第1章 日航機事故と墜落現場取材
第2章 米アントヌッチ証言と自衛隊の捜索救難活動
第3章 ボイスレコーダーの事故調分析に疑義
第4章 事故調査報告書と米調査団、日乗連の対応と見解
第5章 事故調査資料廃棄と内部告発
第6章 垂直尾翼の歪みでダイバージェンス発生


著者経歴


米田 憲司(よねだ けんじ)・・・1944年、大阪市生まれ、東京都在住。ジャーナリスト(しんぶん赤旗社会部)。航空、軍事、司法、環境問題などの分野で活躍


JAL123便墜落事故関連書籍


「JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相」杉江 弘
「日航123便事故40年目の真実」米田 憲司


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