【書評】「新戦争論の読み方: クラウゼヴィッツの時代は終わった」 長谷川慶太郎
2026/08/20公開 更新
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【私の評価】★★★☆☆(79点)
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要約と感想レビュー
パックス・アメリカーナの21世紀
現在、国際社会は再び「戦時」に入っているのではないか。そうした問題意識から、「戦争」をテーマにした本を3冊読みました。その中で、一番まとまっていたこの本をご紹介します。この本が出版されたのは2002年。ソ連崩壊後、アメリカ一強といわれていた時代です。
著者は当時、米国を中心とする国際秩序が確立し、世界各国が市場経済と議会制民主主義へ向かっており、国家間で武力に訴えることが難しくなったと分析していました。
つまり、人類は初めて「戦争のない世界」に向かっており、平和国家を掲げる日本だからこそ、自由世界に挑戦し、国際秩序を破壊しようとする国が現れたときには、他国に先駆けてそれを阻止する努力が求められるとしています。
ただ、アジアには中国、ベトナム、北朝鮮という共産党による一党独裁体制をとる国が存在し、自由陣営との対立が残っていると指摘しています。つまり本格的な「熱い戦争」の危険性は低下したとしても、「冷戦」が消滅したわけではない、という認識です。
21世紀の世界は・・・米国を中心とする国際秩序が確立し、世界のどの国もそのなかに組み入れられ、相互間で武力に訴えた行動はまったくとれなくなった(p83)
クラウセビッツの戦争論とは
では、著者がタイトルとしたクラウゼヴィッツの「戦争論」とは、どのようなものなのでしょうか。
クラウゼヴィッツは、戦争とは相手に自分の意思を強要する行為であり、そこには限界がないと考えました。交戦者は自己の意思を相手に強要するのです。
また戦争では、流血をいとわず武力を行使する者は、相手が同じように行動しない限り、優勢を占めるとしています。つまり戦争を左右するのは、武器や物資といった「資材の量」と、それを実際に使う「意思の強さ」なのです。
政治的目的を達成する方法はいくつもあります。しかし、相手が武力による決着を選んだ場合、こちらだけがそれを拒否することはできません。最終的には敵の戦闘力を撃滅する必要がある、という厳しい現実をクラウゼヴィッツは示したのです。
クラウゼヴィッツが高く評価される理由は、産業革命が本格化し始めた19世紀初頭の段階で、後の「国家総力戦」に近い戦争の形態を予測し、それに対応する「戦争術」を示したことにあるのです。
戦争とは何か・・・かかる強力を仮借なく行使し、流血を厭わずに使用する者は、相手が同じことをしない限り、優勢を占める(p71)
クラウゼヴィッツに学んだ国、学ばなかった国
意外だったのは、クラウゼヴィッツの「戦争論」に学んだのが、マルクス、エンゲルス、レーニンなどの共産主義者だったということです。
クラウゼヴィッツの思想が旧ソ連軍の軍事思想の基礎となり、ソ連は国家総力戦を遂行できるように、経済、教育、社会制度、外交など、あらゆる分野を戦争に対応できる体制へと整えていきました。
そして戦争になれば、人命の損失も国民生活の犠牲もいとわず、国家の目的達成を優先したのです。第二次世界大戦ではソ連国民に「祖国防衛戦争」を訴え、前線では命令を遂行できなかった司令官や兵士が銃殺されることも少なくなかったという。
一方で「クラウゼヴィッツに学ばなかった国」が日本です。
クラウゼヴィッツは、戦争には必ず政治的目的があり、戦争の大方針は政治が決定しなければならないと考えていました。ところが戦前の日本では、内閣に軍人がいないと成立しませんでした。
クラウゼヴィッツは、書類の処理に長けた陸相や、学識のある技術将校、野戦に堪能な軍人だからといって、それだけで優れた政治指導者になれるわけではないと書いています。著者はこの一節を紹介しながら、第二次世界大戦中に首相を務めた東条英機大将を思い浮かべるのです。
書類の処理に没頭している陸相、学識ある技術将校、あるいは野戦に堪能な軍人が、それだけの理由で立派な首相になれるなどと考えるものではない(p92)
現在の日本に足りないものは
著者は、戦後のドイツ連邦軍と日本の自衛隊を比較しています。
ドイツ連邦軍は、戦前のドイツ国防軍から軍事的な伝統を継承しています。一方、日本の自衛隊は警察予備隊から出発し、旧軍の幹部がほとんど採用されなかったこともあって、戦前の軍事的伝統がまったく継承されていないとしています。
また、ドイツ連邦軍の将校には正規の勲章が与えられ、その印として「略綬(りゃくじゅ)」を胸につけています。それに対して、日本の自衛隊幹部は在職中に勲章を与えられることがありません。
こうした違いの背景には、戦後日本に「軍備=戦争」という考え方が強く定着したことがあると著者は分析しています。現実の世界では国家間の力の対立が続き、世界のどこかで戦争が起きています。日本人は現実に目をふさぎ、自らを「平和国民」と称して自己満足していると、著者は批判するのです。
クラウゼヴィッツの「相手が武力に訴えたとき、こちらだけがそれを拒否することはできない」という考え方は、現在の日本人が学ぶべきことだと感じました。それとも、戦前のように日本人は学ばないのでしょうか。
長谷川さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・戦争がない時代は、経済の面ではデフレであり、戦争になればその逆にインフレが発生する(p38)
・「戦史」とは、「相手方が霧の中に包まれている」状態で、また味方が、「同じように曖昧模糊とした情勢」にあるときに、敵と闘うことを強要される指揮官がどのような経験をし、どのように決断をくだしたかを、正確な資料に照らして跡付けしていくことである(p97)
・米国のプレグマティズム・・・日本の士官学校ではいきなり師団長のとるべき方針から出発して教育を行うが、米国の士官学校では・・あくまで小隊長としてどのように戦闘を実行するかを教育する(p123)
▼引用は、この本からです

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長谷川慶太郎 (著)、PHP研究所
【私の評価】★★★☆☆(79点)
目次
第1章 二十世紀の教訓
第2章 「戦争論」を読む
第3章 政治に左右された「軍事研究」
第4章 歴史が語る戦争と軍隊
終 章 「戦争論」の役割は終わった
著者経歴
長谷川慶太郎(はせがわ けいたろう)・・・国際エコノミスト。1927年京都生まれ。2019年没。1953年大阪大学工学部卒業。新聞記者、雑誌編集者、証券アナリストを経て、1963年に独立。1983年に出版した『世界が日本を見倣う日』(東洋経済新報社)で、第3回石橋湛山賞を受賞した。
戦争関連書籍
「新戦争論の読み方: クラウゼヴィッツの時代は終わった」 長谷川慶太郎
「戦争の未来-人類はいつも「次の戦争」を予測する」ローレンス・フリードマン
「戦争にチャンスを与えよ」エドワード・ルトワック
「戦争と交渉の経済学: 人はなぜ戦うのか」クリストファー・ブラットマン
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