【書評】「マッキンゼーエネルギー競争戦略」瓜生田義貴,板橋辰昌, 柿元雄太郎
2026/07/27公開 更新
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【私の評価】★★★☆☆(73点)
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要約と感想レビュー
日本のエネルギーの現状
世界最高峰の戦略コンサルティングファームとして知られるマッキンゼーが、日本のエネルギー戦略についてどのように書いているのか?と手にした一冊です。日本のエネルギーの現状把握は概ね正確でした。ただ本書は奥歯にものが挟まったような表現が多いため、私が翻訳しながら紹介していきます。
日本は島国で周辺国との電力融通が困難であり、化石燃料の輸入はすべて船舶輸送に依存しています。2011年の震災と原子力事故以降、経産省は「電力の自由化」「安全対策が整う前の原子力停止」「再エネの大量導入」を同時に進めました。
その後、2021年にロシアのウクライナ侵攻前からエネルギー価格が高騰し、新電力の破綻や電力不足が生じ、電力の安定供給への懸念が強まっているのです。
「電力の自由化」については、電力の公共性・環境価値・安定供給を市場設計に組み込むことは非常に難しく、大型電源への投資が競争環境下では回収しにくくなると、この本では指摘しています。
2040年には電力市場価格が最大で通常の10倍に達する可能性も示されており、価格がいつ・どれだけ上昇するか予測できないために、電力を使う事業者の経営見通しが立てにくくなるという警鐘が鳴らされています。
要するに「電力価格を市場に委ねれば最適化される」という前提で始まった電力自由化がうまくいっていないと、本書は遠回しに指摘しているのです。
日本の原子力政策については、「国主導で原子力が導入され、事業は民間の事業者がすべての責任を負担」しており、諸外国の「原子力開発・建設・所有・運用・廃炉や事故時の補償を含めて民間と国が役割分担」と比べてリスクも責任も大きいと書いています。
つまり、東日本大震災の責任をすべて東京電力に負わせるという日本の枠組みは、諸外国と比べて異質であり、このままでは今後の原子力開発が進まないと、この本は示唆しているのです。
日本の原子力政策は・・・国主導で原子力が導入されつつ、事業は民間の事業者がすべての責任を持って行う類型である。開発・建設・所有・運用・廃炉や事故時の補償を含めて民間事業者と国が役割分担をする諸外国と比べてリスクも責任も大きい・・・これらのリスクの分配・低減を国も業界も探っていく必要がある(p123)
世界のエネルギーの現状
ヨーロッパでは太陽光発電や風力発電を積極的に導入し、ドイツが石炭火力発電所の廃止を決定するなど脱炭素に取り組んできましたが、安価なロシア産天然ガスが減少し、高コストの再エネを大量導入した結果、電気料金が上昇しています。
特にBASFやフォルクスワーゲンなどの大企業が国内生産を縮小して海外に移転し、ドイツ全体の電力消費量が9〜10%減少したという。エネルギーコスト上昇による産業の空洞化が起こっているのです。
さらに再エネの大量導入によって電力の市場価格が下落し、火力発電所の稼働率が低下。固定費の回収が見込めない発電所が次々と廃止された結果、供給力が急減するという日本と同じ状況になっているのです。
こうした状況を受けてEUは「産業競争力」を重要課題と位置づけ、「クリーン産業ディール」(EU内企業への補助金、環境規制の緩い国からの輸入品への関税など)という保護主義的な政策を導入しました。建前の環境重視から、現実の産業保護へというEUの政策変更は、日本のエネルギー政策を考えるうえで重要でしょう。
ウクライナ問題でロシアが欧州向けのガス供給の大部分を停止したことにより、ガス価格が高騰した・・・ウクライナ問題以前からガス価格は数倍に上昇(p11)
脱炭素の現在地
脱炭素(カーボンニュートラル)を実現するための総コストは100兆円単位に達するという。2050年までのネットゼロ目標を達成しようとすると、新しい発電設備・蓄電池・送電線だけで毎年5〜10兆円の追加費用が発生すると推定されているのです。
再エネを大量導入すると、送電線を増強する必要があります。また、再エネが5割を超えると悪天候時のバックアップが必須となり、蓄電池だけで賄うのはコスト的に非現実的であるため、バックアップ用のガス火力が現在より多い100GW程度必要になるといいます。
石炭火力についても、ガス価格の高騰により消費量が増えており、日本は2030年までの非効率石炭火力廃止を一時停止しています。脱炭素どころではない現実がすでに始まっているのです。
原子力については、現状維持の8%ケースと強化した20%ケースを比較すると、20%ケースでは脱炭素の平均コストが70%低減できると試算しています。リスクはあるものの、原子力の活用が最もコスト効率の高い脱炭素手段であることは否定できません。
そしてこの本が指摘する重要な事実は、2050年にかけて世界全体のエネルギー消費は26%増加するという予測です。中国・インドを中心とする非OECD諸国の消費増が主な要因であり、日本だけが脱炭素に取り組んでも、世界全体のCO2排出量はほとんど変わらないという現実です。
そうした点を考慮してか、この本では「2050年までにネットゼロを実現するという目標は、あくまでも目標であり、国富の海外流出をいかに抑制していくかが重要である」と書いています。
翻訳すれば、京都議定書と同じように日本だけが損をしないよう、脱炭素の目標を柔軟に見直すことも現実的な選択肢だと示唆しているのでしょう。
2050年までにネットゼロを実現するという目標は、あくまでも目標である・・・電力コストは高まる傾向にあるため国富の海外流出を含め、これをいかに抑制していくかが社会全体にとって重要であることは否定できない(p115)
エネルギー競争戦略
この本が最後に提案するエネルギー競争戦略には、妥当なものもあれば疑問が残るものもありました。
LNGの共同調達による長期契約の推進は現実的な提案です。日本はアジア最大のLNG調達国でありながら、調達企業が24社と分散しており、1社当たりの調達量はアジア6位にとどまっています。共同調達によって交渉力を高め、より長期で安価な契約を目指すことは合理的です。
一方、デジタル技術の活用については、調査した結果、エネルギー業界でのデジタル活用の成功例は極めて少ないと認めています。デジタル技術はデータの取得を容易にする手段にすぎず、データを精査すれば現状でもメンテナンスの見直しはできるのです。デジタル技術を絶対視するような書き方には疑問が残りました。
最後に、この本の「あとがき」では、「エネルギー業界が競争力を維持し続けるには変革が求められ、変革を実現できなければ、地域、産業、そして国全体の活力を保つことが困難になる」と書いています。この「変革」を私は脱炭素(カーボンニュートラル)をトランプ大統領のように辞めるか、目標を下方修正することだと読みました。
なぜなら、この本の内容をつなぎ合わせると、カーボンニュートラルを達成すれば、数百兆円の国富が失われ、電気料金が上昇して産業が海外に移転するという見通しだからです。間違っていたら、連絡をいただきたいと思います。
また京都議定書のような悲劇が繰り返されないことを祈ります。瓜生田さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・(日本の)総エネルギー需要は2040年まで・・足元比15%程度の減少を見込んでいる・・・そのうち電力需要のみを抜き出すと・・概ね現状レベルのエネルギー需要が維持される見通し(p101)
・自然変動電源であり発電量が一定ではない再エネの構成比率が高まるほど、市場で売買される電力価格の変動幅は広がり、需給バランスが崩れやすくなる(p9)
・水素を製造する際に必要となるゼロカーボン電力が大量に不足している(p120)
・「産業競争力」を重要な要素としてここに提唱したい・・・ファイナンスを含めて、資金が回る形でのエネルギー転換を促進することで産業競争力も併せた包括的な施策を立案(p74)
▼引用は、この本からです

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瓜生田義貴,板橋辰昌, 柿元雄太郎 (著)、日経BP
【私の評価】★★★☆☆(73点)
目次
第1章:複雑化する世界のエネルギーの潮流
第2章:新しいグローバルゲームと日本のポジション
第3章:日本の電力のシミュレーションと今後の方向性
第4章:日本の電力事業者が直面する課題
第5章:産業変革の道筋と電力会社の業態変革
著者経歴
板橋辰昌(いたはし たつまさ)・・・マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー。日本における電力・ガスグループのコアリーダー。エネルギー、商社、重電企業等のエネルギーバリューチェーンに関わる幅広い企業に対して、全社変革、リスク管理の高度化、新規事業創出などの戦略策定・実行を多数支援。慶應義塾大学大学院・理工学研究科(基礎理工学専攻)
瓜生田義貴(うりだ よしたか)・・・マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー。日本における電力・ガスグループのコアリーダー。エネルギーバリューチェーンの上流から下流にわたりエネルギー企業や周辺の機器・サービス業界のクライアント企業に対する全社戦略の策定や、売上成長、デジタル・アナリティクスを活用したコスト最適化・生産性向上の支援に従事。東京大学大学院・工学系研究科修士(航空宇宙工学専攻)。
柿元雄太郎(かきもと ゆうたろう)・・・マッキンゼー・アンド・カンパニー シニアパートナー。
日本におけるエネルギー・素材・インフラグループおよびマーケティング・アンド・セールスグループのリーダー。幅広い業界の企業に対し、戦略、事業、デジタル・アナリティクス、企業文化などの全社変革を支援。オックスフォード大学学士号取得 (哲学・政治学・経済学)。
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