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「戦争と交渉の経済学: 人はなぜ戦うのか」クリストファー・ブラットマン

2024/11/19公開 更新
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「戦争と交渉の経済学: 人はなぜ戦うのか」クリストファー・ブラットマン


【私の評価】★★★☆☆(76点)


要約と感想レビュー


武力行使より妥協が得策

著者はシカゴ大学教授として、紛争地域に入り、その被害を数値化し、被害者を支援プログラムを行いながら、何が有効かを研究しているという。ゲーム理論から考えれば、武力行使は必ず大きな犠牲を伴うので、ほとんどの場合、武力行使するよりも初めから妥協し、利益を分かち合う方が得なのです。それなのに、「なぜ人は、戦争を行うのか」という疑問についてまとめた一冊になっています。


北アイルランドの過激派、コロンビアの麻薬カルテル、ヨーロッパの専制君主、リベリアの反乱軍、シカゴのギャング、インドの暴動、ルワンダの大量虐殺者、イギリスのサッカーのフリーガンなど多くの事例を示し400ページと分厚くなっています。


著者は、平和は必ずしも公正を意味しないと断言します。強国は弱小国に不公平を強要します。仮に、弱小国がそれに反発し、武力行使したとしても、弱小国の利益が大きくなることはほとんどないのです。では、人は不公平な妥協を受け入れることができるのかと問われれば、現実は違うということです。
 

不平等な妥協が受け入れられない場合・・イスラエルとパレスチナの和平交渉・・平和が壊れるのは、一方の集団が、自分たちの権利は絶対に譲ることができないと信じているときだけである(p113)

戦争を引き起こす5つの要因

まず、著者は戦争を引き起こすものとして、抑制されていない利益、無形のインセンティブ、不確実性、コミットメント問題、誤認識という5つの要因を説明しています。


「抑制されていない利益」とは、戦争を決定する人にとって、武力行使の犠牲が無視できる状況のことです。例えば、アフリカの武装勢力のリーダーは紛争によって裕福になっていました。危険を背負っているのは、傭兵と住民なのです。


また、ロシアとアメリカは互いに相手の同盟国で反乱を支援しています。内戦になったとしても、自国のリスクはないわけです。


マキャヴェッリによれば、君主にとって重要なのは個人的な権力の拡大だけである・・戦争の利益は個人のものにし、代償は社会に負わせるということである(p63)

戦争のインセンティブ

「無形のインセンティブ」とは、武力行使によって復讐したり、覇権や威信の獲得、支配地域の拡大など、価値のあるものを獲得できる場合です。


ハマスの戦闘員は殺された兄弟の復讐をするため、イスラエルから奪われた土地を返してもらうという道義的な憤りで戦っているのです。ヒトラーは、ドイツが生存圏を拡大できなければ、彼が嫌悪する民族に同化され、支配されてしまうと確信していました。


アメリカは、中国が強大化しアメリカに替わって覇権国家となることを許さないでしょうし、中国もアメリカがメキシコやハワイを手に入れたように、台湾やその周辺の島々を手に入れるのは当然の権利だと考えているかもしれないのです。


このように人は、金ではなく、復讐という憎しみの感情、名誉、地位といった欲求によって、戦争を決断することがあるのです。


名誉が傷つけられたり、低い地位のグループが自分たちを追い越そうとしたりしたときに、怒りに駆られて武力に訴えようとする(p104)

分断は敵を悪魔化し非人間化してしまう

「不確実性」とは、敵の戦力や戦意の程度がわからないか、誤解することです。第一次世界大戦では、戦争は短期間で終わると誰もが予測していたのです。


「コミットメント問題」とは、国家同士では約束したとしても、それを信じにくいし、実際守られないことがあるということです。


「誤認識」とは、人が別のグループで分断されると、偏見と反感が増殖し、敵を悪魔化し、非人間化してしまうというのです。多数派が少数派を学校で再教育し、労働で差別し、指導者を逮捕し、抗議運動を弾圧し、収容所に押し込み、抵抗が大きいと少数派の皆殺しへと飛躍することさえあるのです。


イラクには予防戦争を端的に言い表す古いことわざがある。「昼食に敵を食べれば、敵の夕食にならずに済む」(p196)

平和をもたらす要因

その反対に平和をもたらす術として、相互依存、抑制と均衡、規則の制定と執行、介入が説明されています。


「相互依存」とは、経済的なつながりが強くなれば、紛争となるのを防ぐ方向の力が働くというものです。


「抑制と均衡」は、武力の均衡が紛争を予防するという考え方です。特に核兵器による抑止は、究極的なものでしょう。ただし、兵器の破壊力が増せば戦争の確率は低くなりますが、ひとたび起きれば悲惨なものとなるのです。また、多くの動物は戦う前に、吠える、恐ろしげな角を見せるなど、力を伝えます。シグナルを送り、妥協を促すのです。


「規則の制定と執行」とは、権力者が議会に説明責任があったりすると平和的になる傾向があるという。その一方で、抑制がほとんどない独裁者が支配する国は好戦的に見えるというわけです。


最後に「介入」は、国連軍などによる軍事力による介入で紛争を止めることを指しています。警察や裁判所に行けば正義を求められることも重要でしょう。警察官の増加とともに、暴力犯罪が減少するというデータがあるという。


犯罪、とりわけ暴力犯罪が、警察官の増加とともに減少する傾向を示している(p313)

平和と戦争は指導者の気質と手腕次第

結論として、平和と戦争は、指導者の気質と手腕、そして少しの運次第だという著者の言葉が一番ぴったりなのでしょう。世の中には、武力行使がなければ、奴隷の解放や、資産の再配分などの、改革は実現できなかっただろうと考える人もいます。また、そもそも国家とは、長期間続いた武力紛争のためだという考え方もあるのです。


著者は、平和への絶対的な処方箋はなく、多くの選択肢を受け入れ、何がうまくいくかを確かめ、試行錯誤するしかないとまとめています。アフガニスタンとイラクのように短絡的に選挙が実現すればそれで十分だと考えているようでは、うまくいかないという警告なのでしょう。


翻訳がわかりにくく感じました。ブラットマンさん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・講和を主張する政治家・・「陛下、和平です」とささやく顧問官・・戦費が賄えませんと冷静に指摘する財務担当者や金庫番・・こうした葛藤やコストが、敵対し合う集団を妥協へと向かわせるのである(p27)


・敵対する者を仕事から閉め出し、選挙権を剥奪し、彼らが住む街を示威行進すれば、彼らの怒りをあおり、復讐心を抱かせるのは明らかだ・・不正な行動をすることに戦略的なメリットはない(p229)


・暴動が発生するのは、概して、政治指導者が、自分たちの財力と政治組織とメディアへの影響力を使って、より大きな政治目標のために街頭で戦略的に騒乱を起こそうとするときだ(p75)


・ルワンダ・・政府内のフツ族強硬派は、ツチ族の侵攻部隊との戦いで敗北していた。民間人の虐殺は、フツ族過激派が形勢を逆転させるために実行し、結局失敗に終わった最後の賭けだった(p194)


▼引用は、この本からです
「戦争と交渉の経済学: 人はなぜ戦うのか」クリストファー・ブラットマン
クリストファー・ブラットマン、草思社


【私の評価】★★★☆☆(76点)


目次


第1部 戦争を引き起こすもの
 第1章 人々はなぜ戦いを避けるのか
 第2章 抑制されていない利益
 第3章 無形のインセンティブ
 第4章 不確実性
 第5章 コミットメント問題
 第6章 誤認識
第2部 平和をもたらす術
 第7章 相互依存
 第8章 抑制と均衡
 第9章 規則の制定と執行
 第10章 介入
 第11章 戦争についてのよくある議論の真偽
結論 漸進的平和工学者
平和工学者のための十戒
 1.容易な問題と厄介な問題を見分けなさい
 2.壮大な構想やベストプラクティスを崇拝してはならない
 3.すべての政策決定が政治的であることを忘れてはならない
 4.「限界」を重視しなさい
 5.目指す道を見つけるためには、多くの道を探索しなければならない
 6.失敗を喜んで受け入れなさい
 7.忍耐強くありなさい
 8.合理的な目標を立てなければいけない
 9.説明責任を負わなければならない
 10.「限界」を見つけなさい



著者紹介


クリストファー・ブラットマン(Christopher Blattman)・・・シカゴ大学ハリス公共政策大学院教授。同校の開発経済センターの副センター長を務めている。経済学者、政治学者であり、その暴力、犯罪、貧困に関する世界的な研究は、ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、ウォールストリートジャーナル、フィナンシャルタイムズ、フォーブス、スレート、Vox、NPRなどで広く取り上げられている。


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