日本海軍提督三部作「山本五十六」阿川弘之
2024/11/12公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(85点)
要約と感想レビュー
石炭と鉄の時代から石油と軽金属の時代
山本五十六(いそろく)と言えば、連合艦隊司令長官としてハワイ真珠湾攻撃を立案、実行した人です。当時は日露戦争の日本海戦のように、艦隊同士の海戦が勝敗を決するという考え方が支配的でした。
しかし山本五十六は、アメリカ駐在2年、欧米視察1年弱の経験から、石炭と鉄による戦艦の時代から、石油と軽金属による航空機の時代に向かっていると理解していたのです。同時に資源をアメリカに依存している日本の実情と、アメリカ産業と人口の巨大さを直視すれば、総力戦となれば日本がアメリカに勝てるはずがないともわかっていました。
大正12年、井出謙治の供で欧米視察に出た時にも、帰途彼はテキサスの油田を見学した・・・世界が今石炭と鉄の時代から次第に石油と軽金属(ないし航空機)の時代に移り始めている事を、肌身で感じ取れるようになった(上p169)
海軍は日独伊三国同盟に反対
当時の日本陸軍は、満州を足がかりに、中国に進出して利権を拡大しようとしており、それを欧米が阻止するために、中国を支援するという構図になっていました。そうした中で、日独伊三国同盟の話が持ち上がったのです。ドイツ、イタリヤと軍事同盟を結ぶということは、英米と戦争するということであり、結局、日本海軍がアメリカ海軍と戦争するということになります。
日本の海軍省では、米内大臣、山本次官、井上軍務局長が日独伊三国同盟の締結に反対しました。そのため、海軍省に「右翼の沖仲仕」や「聖戦貫徹同盟」などが、乗り込んできて脅したというのです。こうした抗議活動は、陸軍が右翼に金を出し、憲兵さえも協力的であり、海軍省は自衛するしかなかったという。
しかし結果的には、226事件、国家総動員法、日独伊三国同盟など陸軍の横暴に対し、海軍は反対し続けることができなかったということになります。ちなみに、日独伊三国同盟締結後に、朝日新聞は締結を喜ぶ記事を掲載したという。
ドイツ、イタリヤと軍事同盟を結ぶか否かは、海軍として、英米との戦争を覚悟するか否かにかかわって来る・・アメリカとの戦争となれば、殆どすべての責任は海軍の上にかぶさって来よう(上p324)
年寄りは戦艦造ると決めてかかっている
山本五十六、井上成美は、「大和」「武蔵」の建造に反対し、その費用で海軍航空の充実を図ることを提案していましたが、「大和」「武蔵」は計画どおり建造されました。山本五十六は、アメリカと戦争を始めてもとても勝ち目などありはしないと知っており、これからは航空機の時代だと知ってたのに、日本の空気を動かすことができなかったのです。
そうした山本五十六が、連合艦隊司令長官としてアメリカと戦うことを強いられたのは、歴史の皮肉であり、悲しいことだと感じました。山本五十六は、1年半分の燃料しかない日本が勝つ可能性があるとすれば、初期に圧倒的な戦果を出し、早期終戦を目指すしかないと考え、ハワイ真珠湾奇襲を考えたのです。
山本は・・「大和」も「武蔵」も造る事に決まったよ・・年寄りは、座敷作ったら、床の間は必ず要るものと決めてかかっているんだから、若い者は対抗出来ないよ」とも言った(上p213)
帝国海軍の猛特訓は燃料がなかったから
私がこの本を読んで初めて知ったのは、帝国海軍の「月月火水木金金」の猛特訓は、燃料の在庫が少なかったので、短い時間の中で訓練を休みなしで行わざるをえなかったという背景です。
石油のほとんどをアメリカから輸入していた日本が、アメリカと戦争をするのですから、短期決戦しか勝利の可能性はなく、現実的には無理筋であることは、データを知っている人ならわかっていたのです。こうした当たり前のことが通らないのは、今の日本とも似ているように感じました。また同じことが起こるのでしょうか。
歴史小説というよりも、文献調査報告書という趣の二冊でした。つまり、文献や資料を引用し、そこから著者が当時の時代や人間の心理を推察するという形で、私は好感を持ちました。阿川さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・山本はまた、伊藤整一に、駐在員がアメリカへ来て三度々々きちんと飯を食おうなどと思うのは、以ての外の贅沢だと言い、出来るだけ倹約して、その金でアメリカ各地を旅行して歩けと言った(上p188)
・「かつて、北海道の開拓に、土木工事を機械化しようという話が起こった事があるが、大正の不況で、結局人力の方が安いというので発展しなかった・・・海軍は今、土木機械の開発研究なぞ始めているけど、そんな小規模な事じゃ駄目なんで、これは海軍だけの問題じゃないんだよ」と、山本は言った(上p290)
・山本は「日独伊軍事同盟・・今更米国の経済圧迫に驚き、憤慨し困惑するなどは、小学生が刹那主義にてうかうかと行動するにも似たり」と怒っている(上p446)
・井上航空本部長は・・・「新軍備計画」と題する長文の建白書を草して・・海軍大臣宛に提出している・・アメリカと戦争して負けるのがいやなら航空軍備の徹底的拡充をはかりなさい、それなしに現況のままで対米戦に突入したら、帝国陸海軍は全滅し、日本全土がアメリカに占領される・・当時の空気の中でこれだけはっきりものを言うにはよほどの明察と勇気とが必要であったと思われる(下p41)
【私の評価】★★★★☆(85点)
著者紹介
阿川弘之(あがわ ひろゆき)・・・1920(大正9)年広島県生まれ。東大国文科を繰上げ卒業、海軍に入り、中国で終戦。戦後、志賀直哉に師事し、『春の城』、『雲の墓標』、『山本五十六』『米内光政』『井上成美』の海軍提督三部作などがある。『食味風々録』は読売文学賞受賞作品。1999年に文化勲章を受章。
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