「井上成美」阿川 弘之
2019/10/17公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★★(91点)
要約と感想レビュー
人格ではなくロジック
仙台出身の海軍大将で井上成美(いのうえしげよし)という人がいると聞いて手にした一冊です。井上成美という軍人は、人格ではなくロジックで仕事を考える人であったようです。そのため海軍内でも、その人間性のなさに閉口した人が多く、非常に嫌われていたらしい。
例えば、当時の日本はほとんどの石油と鉄鋼原料を、アメリカから購入していました。もしドイツと軍事同盟を結べば、イギリスの敵となりアメリカを敵に廻すことになるので、日本は石油と鉄を入手できなくなると考えました。鉄と石油がなければ、軍隊は戦えないのです。
井上の方は、人にすきを見せるとか、ちょっと間の抜けたところがあって面白いとか、そういうことは一切無い。酔余の醜態も嫌いで、不可と考えたものは絶対に不可である。「水清ければ魚棲まず」と人に言われて、「水清ければ毒魚棲まず」と言い返したことがあった(p195)
意見書を作成するも無視される
真珠湾攻撃の1年前、航空本部長であった井上少将は戦艦ではなく航空機、潜水艦を増強する意見書を書いています。意見書の中で井上は、米国と戦った場合、持久戦に持ち込まれ、石油と鉄を断たれ、日本全土が占領されるだろうと想定。
しかし、直属上司である及川海軍大臣は、その意見書を放置し、さらには、三国同盟締結に妥協してしまうのです。海軍上層部の特別座談会で井上は、海軍が陸軍に追随したことで失敗したと話していたという。二・二六事件を起した陸軍に追随し、三国同盟締結も陸軍に追随したというのです。
三国同盟を呑んだ海軍側の最高責任者は、大臣の及川大将です・・・及川大将は温厚篤実の君子だけれども、明晰な判断力が無い・・ロジックが無いんです(p291)
井上の見識がおもしろい
井上の人物評がおもしろいのです。例えば、近衛文麿については常に他力本願であったという。つまり、自分で戦争反対と言えないので、、海軍にやれないと言わようとするという。そこで、連合艦隊の司令長官山本五十六は対米戦争をやったら日本の負けと言えないので、「やれと言われれば、最初の半年や1年は暴れてご覧にいれる。しかし、2年、3年となれば全く確信は持てない」と言ってしまったというのです。
井上は山本は海軍の兵士四万人への気兼ねを捨てて、敢えてはっきり「対米戦争をやったら日本の負け」言うべきであったと総括しているのです。
また、軍人教育における躾の要点は、スリッパの脱ぎ方とか扉のしめ方とか、ごく些細なことにあると言っていたという。『そんなことは天下国家の形勢に関係ない』というような事柄が大切なのだと、松下幸之助のようなことを言っていたというのです。
日本海軍の本質については、「根無し草のインターナショナリズム。陸軍が、あれも俺の権限、これも俺の領分と、強欲で傍若無人だったのに対し、海軍は、あれも自分の責任外、これも自分の管轄外と、常に責任を取るのを回避した」と語った(p667)
見識のある人を嫌う日本人
井上は兵学校校長として、言葉にはしないものの日本敗戦後の人材を育成するため、軍の求める即席の兵士育成教育を拒否したという。
最後には米内海軍大臣に請われて海軍次官となり徹底抗戦を主張する陸軍を抑え、いかに停戦させるか工作したという。
これだけ見識のある日本人がいたのかと感嘆するとともに、そうした人を多くの軍人が嫌うのも日本的だなともがっかりもしました。阿川さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・先輩の提督たちをそこまで厳しく区別される基準は何ですかと、戦後人に言われて、「識見の有無です」と井上は答えた。「昔の大将には、将に将たる器としてふさわしい、それ相応の識見を持った者が任ぜられた。それが近年、人格で大将になる者が出て来た(p204)
・井上の読むものは横文字が多かった。思索第一主義で、「考えろ。頭を使え。アングルを変えて物事を考察する力を養え」と、若い幕僚たちへ口癖のように言った(p258)
・井上は「諸君」と語りかけたのである。「教育の目標は人を造るに在り、諸君は知識の切売り、技術の伝承のみに終始してはならない」(p513)
・離任に際し井上は、教官一同に、「大過無く職責を果すを得てというような言い方を、私はしたくない。過去1年9ヶ月間、兵学校長として私のやって来たことが、良かったか悪かったかは、後世歴史が審判するだろう」と述べた(p537)
・新しい憲法について74期生の妹尾作太郎に、「憲法の為に国民があるんじゃない。国民の為に憲法だからな」と語った(p637)
▼引用は下記の書籍からです。
【私の評価】★★★★★(91点)
著者経歴
阿川 弘之(あがわ ひろゆき)・・・1920年-2015年。日本の小説家、評論家。広島県名誉県民。日本芸術院会員。日本李登輝友の会名誉会長。文化勲章受章。
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