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「イスラムから見た「世界史」」タミム・アンサーリー

2024/09/02公開 更新
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「イスラムから見た「世界史」」タミム・アンサーリー


【私の評価】★★★★☆(88点)


要約と感想レビュー

強みはイスラム共同体

著者はアフガニスタン出身ながら、アメリカで世界史の教科書の執筆に参加しました。しかし、アメリカの世界史の教科書は、西欧中心の歴史でした。そこで著者は、イスラム教から見た世界史を書こうとしたのです。


イスラム教は7世紀にムハンマドが、神の啓示を伝えるようになり、現代の新興宗教のように「神は唯一である。神の意思に服従せよ。さもなければ地獄に落ちるぞ」と説教しながら、信者を増やしていきました。イスラムの特徴であり、強みはウンマというイスラム共同体を作ったことです。イスラム共同体に入れば、お互いが仲間として助け合うことで経済的にメリットがあったのです。イスラムは社会システムなのです。


さらにイスラム共同体は、仲間同士は助け合いますが、敵に対しては暴力により攻撃をためらいませんでした。キリスト教の十字軍など生存を脅かす部外者には、武力により対抗したのです。


アサッシン教団は時とところを選ばす誰でも殺せるのだ、と文明社会全域の人々に信じこませることにあった(p254)

イスラム内部での主導権争い

初期のイスラムは共同体内部で戦うことはありませんでした。しかし、預言者ムハンマドは二度と神の使徒は現れないと断言していたため、ムハンマドの死後、後継者としての主導権争いで派閥ができ混乱続きます。
 

ムハンマドの従兄弟であるアリー支持者は、アリーの子孫をイスラム共同体指導者としました。彼らはシーア派と呼ばれています。一方、ムハンマドを唯一の使徒として彼の言葉やイスラム法学者の判断を重要視する信徒は、スンナ派と呼ばれているのです。


1502年にイランのイスマーイールは、彼の支配下にあるスンナ派信徒を弾圧し、西隣国のオスマン帝国の第九代スルタンは、シーア派信徒を弾圧しました。シーア派信徒は東方のペルシャ(イラン)に逃亡し、西方のスンナ派とシーア派は分断されたのです。


彼(ムハンマド)の従兄弟のアリー・・ムハンマドの娘ファーティマと結婚して彼の義理の息子となった(p69)

中東は西欧帝国主義によって分断

イスラム世界が内輪の闘争と、科学技術を軽視しているうちに、西欧諸国は軍事力を強化し、グレートゲームと呼ばれるロシアとイギリスの勢力争いがはじまります。中東のイスラム世界は、西欧諸国の帝国主義によって、分断されるのです。例えば、第一次世界大戦で敗れたオスマン帝国は、イギリスとフランスによって解体され、中東も分割されてしまいます。


その後もソ連が侵攻したアフガニスタンではアメリカが対抗し、混乱が続きました。イランでも石油産業の国有化を宣言後、1953年、CIAから資金を提供されたイラン軍の一派がクーデターを決行して傀儡政権がイランを支配します。インドのムガル帝国も、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立で混乱したうえで、イギリスの東インド会社に支配されてしまうのです。


19世紀の思想家アフガーニーは、イスラーム世界における科学の進歩を妨げてきたのはイスラム法学者と専制君主だと批判しました。


パリに落ち着いたアフガーニーは・・イスラーム世界における科学の進歩を妨げてきたのはウラマー(イスラム法学者)と専制君主だと糾弾した(p485)

男女分離はムハンマドの言葉ではない

イランとアフガニスタンでは、女性のヒジャーブ(ヴェール)が義務化されています。著者は、こうした女性と男性を分離すべきだという急進的なイスラム主義者を批判しています。なぜなら、第二カリフのウマルと女性が公の場で議論したという記録があり、女性を私的領域に閉じこめるという慣例は、ビザンツ帝国やサーサーン朝の慣例に由来したものであり、ムハンマドの言葉ではないと推定しているのです。
 

そもそもクルアーン(コーラン)の決定版の制定にあたっては、正本に収録されなかった資料は、正本と矛盾することが記載された資料を含めてすべて焼却されています。その時代の指導者の意図が含まれている可能性がありクルアーン(コーラン)を絶対視する指導者に疑問を呈しているのです。


それでもイランとアフガニスタンでも急進的なイスラム指導者が力を持っており、クルアーン(コーラン)に基づき社会のイスラム化を進め、理想社会を目指しています。私には共産主義者が、マルクスの書籍に基づき理想の共産主義国家を作ろうとしているのと似ていると感じました。


急進的なイスラム主義者自身は・・世界が神の唯一性を認識さえすれば、人類が抱えるあらゆる問題は解決される、と彼らは断言しているのだ(p631)

世界のイスラム化を目指す

英語のタイトル「destiny-disrupted(分断される運命)」とは、イスラムと西欧諸国の分断ではないかと思いました。つまり、急進的なイスラム主義者は、世界がイスラム化すれば、世界は救われると考えており、西欧諸国の自由・平等・平和とは折り合えないのです。


サウジアラビアのワッハーブ派は、イスラム教を棄教した者は死刑だし、コーランに記されていない概念を提唱するイスラム指導者も敵としてジハードの対象としています。著者の考えは、イスラム世界が西欧諸国と折り合っていけないのは、イスラム法を絶対視するイスラム法学者や指導者や専制君主であるということなのでしょう。


イスラムの強みは、唯一の神のもとに共同体を作り、外部の敵をジハードを理由に攻撃できることです。弱みは協調性がないため、内紛が多く、異端者を簡単に排除してしまうことです。もしイスラムの強みがプラスに働けば、イスラムの戦いは、世界がイスラム化するまで続くのです。


これは中国共産党が、人類運命共同体を目指していることと同様、危険な思想ではないかと感じました。アンサーリーさん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言

・四人の男とは「正しく導かれた者」を意味する「正統」カリフのことで、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーを指している(p87)


・四人の後継者たちの生涯と時代について私たちが知っていることの大半は、ヒジュラ歴150年(西暦767頃)に没した歴史家のイブン・イスハークがアリーの死から一世紀ほどのちに著わした史書の叙述に負っているのだ(p88)


・大多数の人々は、マルコ・ポーロの話を信じていなかった・・・ムスリムは黒海東岸からカフカス山脈を経てカスピ海沿岸に至る地域を領有し、さらに紅海および紅海にいたるあらゆる交通路を支配していた(p375)


▼引用は、この本からです
「イスラムから見た「世界史」」タミム・アンサーリー
タミム・アンサーリー、紀伊國屋書店


【私の評価】★★★★☆(88点)


目次

ミドルワールド
ヒジュラ
カリフ制の誕生
分裂
ウマイヤ朝
アッバース朝の時代
学者・哲学者・スーフィー
トルコ系王朝の出現
災厄
再生
ヨーロッパの状況
西ヨーロッパの東方進出
改革運動
産業・憲法・ナショナリズム
世俗的近代主義の隆盛
近代化の危機
潮流の変化



著者経歴

タミム・アンサーリー(Tamim Ansary)・・・アフガニスタン出身、サンフランシスコ在住の作家。「サンフランシスコ・ライターズ・ワークショップ」ディレクター。アメリカにおける複数の世界史の教科書の主要執筆者であるとともに、「サンフランシスコ・クロニクル」「LAタイムズ」「Encarta.com」 などに寄稿。著書に『West of Kabul, East of NewYork』、共著にニューヨークタイムズ・ベストセラー『The Other Side of the Sky』ほかがある。


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