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「我、弁明せず。」江上 剛

2018/10/29公開 更新
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我、弁明せず (PHP文芸文庫)


【私の評価】★★★☆☆(73点)


要約と感想レビュー

池田成彬の人生

戦前の三井銀行を率いた池田成彬(しげあき)の人生です。池田成彬は慶応義塾大学からハーバード大学に留学しており、義理人情や曖昧な表現を嫌う非常に欧米的な人間だったようです。そのためか池田成彬は不良債権の多い台湾銀行・鈴木商店から融資した資金を引き揚げ、鈴木商店を破綻させています。


池田成彬からすれば、日銀融資と短期の銀行間のコール市場で資金調達していた台湾銀行が悪いのであり、リスクがあるとすれば資金を引き上げるのは当たり前のことだったわけです。ただ、朝日新聞の記事には「三井銀行はけしからん。酷いことをする。そのために台湾銀行が休業に追い込まれた」と書いてあったという。


経営者とは、他人の情報を鵜呑みにせず、情報を自分のものとして適切に活用するために、情報収集能力を高めるべきであり、不安だと思えば自分で現場に行くべきであるとしています。そして真実を把握したうえで、私心を離れて判断するというのです。


バランスシートは良いけれども、どうも不安だと思えば現場に行ってみる。そこで真実が分かる場合がある・・・いずれにしてもその二つの間で迷いつつ、私心を離れて判断することです(p141)

不況には役割がある

資本主義とは好況と不況が交互にやってきますが、池田成彬は不況には役割があると理解していたことがわかります。不況になると生産性の悪い企業は破綻し、合理化した企業だけが生き残ります。不況とは企業や労働者にとって辛い時期ですが、不況によって企業が体質改善し強い企業に生まれかわるチャンスなのです。


ただ問題は、不況やデフレで弱い企業が淘汰され、強い企業が生き残るという理論は、世界恐慌と金解禁による強すぎる為替レートですべての企業を淘汰しそうになったということです。


昭和5年(1930年)1月11日の東京朝日新聞では「我経済史上画期的金輸解禁きょう実施・・多年の暗雲ここに一掃され、国力進展の秋来る!」と楽観的な報道がされていたのです。金解禁が最悪のタイミングで実施されたことを誰もわかっていなかったのです。


ここで緊縮方針を採用して、物の生産原価を下げて、全ての事業を合理化させなければ、我が国の前途は明るくなりません。二年かかるか、三年かかるかわかりません。その間は、確かに困ります・・・絶対に我が国は潰れることはありませんので、ぜひ泣き言を言う者たちを押さえていただきたいとお願いいたします(p215)

戦争中は軍部と真っ向対立

冷徹な経営に徹することで、池田成彬が三井銀行を不良債権の少ない優良な銀行にしたのだと感じました。戦争中は内閣参議として予算を要求する軍部と真っ向対立しています。あくまで経済原則から世の中を見ている池田成彬と、とにかく戦争を拡大したい陸軍とは相容れなかったのです。それでもアメリカとの戦争は防げなかったのです。


興味深いのは、金解禁を実行した井上準之助と三井合名理事長団琢磨が暗殺されたことでしょう。これは、朝日新聞が三井銀行が金輸出再禁止で儲けたと報道し、それを信じた活動化が三井勢力を敵視したためです。


実は三井銀行は黒字どころか、800万円の赤字を出していたという。「安倍政治を許さない!」とマスコミが報道し、安倍首相が暗殺されたこととの類似性に驚愕しました。江上さん良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言

・どんなに多くの資料があろうとも、投資判断の際には、その会社を経営する人がどういう人間であるかが最も重要な要素なのだ(p12)


・「近衛さんは、聡明な人だが、どうもふわふわと頼りない」成彬は艶にこぼした・・・(p353)


・大島浩ドイツ大使、白鳥敏夫イタリア大使は、勝手に「ドイツ、イタリア側に立って参戦する」という言質を相手に与えていた。天皇はこの事態を極めて憂慮し、「出先の両大使が、なんら自分と関係なく、参戦の意を表したことは、天皇の大権を犯したものではないか・・・(p371)


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【私の評価】★★★☆☆(73点)


目次

第一章 昭和金融恐慌 
第二章 疾風怒濤 
第三章 銀行員へ 
第四章 出世街道 
第五章 三井銀行トップへ 
第六章 ドル買い事件
第七章 血盟団事件
第八章 財閥の転向
第九章 波乱の幕開け 
第十章 蔵相兼商工相 
第十一章 戦争前夜 
第十二章 終戦



著者経歴

江上剛(えがみ ごう)・・・1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1977年、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。人事、広報等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』で作家デビュー。2003年に同行を退職し、執筆生活に入る


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