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「日産自動車の盛衰―自動車労連会長の証言」塩路 一郎

2016/01/30公開 更新
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【私の評価】★★☆☆☆(65点)


要約と感想レビュー

■かつての日産自動車に「塩路天皇」と言われる
 組合長がいたという。


 最盛期には品川区に7LDKの自宅、
 自家用ヨットを所有し、銀座、料亭を
 豪遊していたという。


 そもそも塩路が自動車労連会長に上り詰めたのは
 日産の社会党、共産党系の組合がストライキを
 実施したとき、会社側の協力的な第2組合を
 立ち上げ、主流派に押し上げた実績からでした。


 さらにプリンス自動車との合併では
 プリンス側の労働組合を掌握するのにも
 塩路が協力しているのです。


・私は『つるよし会』という"中曽根氏を総理大臣にする会"のメンバーになっていた。四谷の料亭を会場に、ウシオ電機の牛尾治朗会長、劇団四季の浅利慶太氏、政治評論家の飯島清氏、そして私の四人は、月に一度はそのためにいろいろ相談し合った仲である(p343)


■塩路は会社側と協調しながら労働組合の
 トップとして活動してきたが、時代とともに
 会社の方針とぶつかるようになりました。


 マイカーの売り上げが伸びるなかで
 月2回までの土曜日勤務を認めなかったり、
 人事を組合に事前協議しなければならないなど
 組合と会社の対立が明らかにになってきたのです。


 さらに塩路の実績に遠慮してか
 川又会長が過去の労使協調を重視する一方、
 社長の石原は労働組合の弱体化を
 目指すことになるのです。


 これに対し塩路は石原社長に徹底抗戦で
 会社の方針にことごとく反対します。
 塩路に言わせれば会社の不振の原因は石原社長であり、
 石原社長に言わせれば、塩路の組合が不振の原因
 ということになるのです。両方正しいのでしょう。


・日産が衰退の道を歩み始めたのは、石原社長の誤った国内販売政策や無謀な海外戦略の他に、もう一つ並行して行われた重大な要因がある。それは、社内に独裁体制を築き上げるために、労組に執拗な不当労働行為を仕掛けてきたことだ(p269)


■日産は経営の自由度を高めるため、
 塩路の退任に向けて動き出します。


 最終的には、ヨットで銀座の女とと写真を
 写真週刊誌に報道され、他週刊誌の暴露記事で
 組合役員を引退することになります。


 ヨットや自宅や銀座豪遊の資金が
 どこから出たかは不明のままですが、
 組合も極めると人事まで左右して
 しまうのかと驚きました。


 出世するために御用組合の委員長を
 やる人もいるくらいですので、
 会社もこうなるとダメになるのでしょう。


 塩路 さん、
 良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言

・30年5月のラインストップは、争議後新たに構築中の労使関係を破壊しようとした石原のクーデターを止めるためだから、"組合員を守るために"という大義名分があった。しかし、ラインを止めて宮家さんを役員にしろと要求するのは、個人のために組合の伝家のの宝刀を抜くことになり、悔いを千歳に残す(p98)


・選挙期間中に聖教新聞と公明党新聞が「日産の企業ぐるみ選挙」と書き立て、日産本社ビルの写真入りで攻撃してきた・・・『公明党民労』というのを組織する計画があるそうだが、これは止めて頂けないか」と言うと、「民社党には同盟、社会党、共産党には総評がある。だから公明党も労働組合を持ちたいと考えている」との答え(p144)


・いま私は、「日産の高コスト体質は、石原氏が社長になってからの人災である」と明言した・・・長年にわたる執拗な石原氏の組合攻略が、職場に付いていた信頼の労使関係を破壊し、社員間に疑心暗鬼を生み・・・いつのまにかコストの高い製品が作られる社内態勢、体質が形成されていったのである(p259)


・私は「交渉力」を実力で勝ち取ったと思っている・・・力とは、組合民主主義を基本に組織力を強化し、労働条件の改善等で組合員から支持され信頼される実績を積むことだ(p324)


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▼引用は、この本からです


【私の評価】★★☆☆☆(65点)



目次

第1部 形成期―昭和二十八年~三十九年(一九五三~一九六四)
第2部 発展期―昭和四十年~五十一年(一九六五~一九七六)
第3部 挫折期―昭和五十二年~六十一年(一九七七~一九八六)
第4部 塩路後の日産(日産自動車の崩壊/ 史実の改竄)


著者紹介

 塩路一郎(しおぢ いちろう)・・・1927(昭和2)年生まれ。日産自動車労働組合元役員。自動車総連会長を務めた。1953(昭和28)年 明治大学法学部卒業後、日産自動車入社。日産自動車労働組合常任執行委員。1959(昭和34)年 日産自動車労働組合書記長。1962(昭和37)年 日本自動車産業労働組合連合会(自動車労連)会長。1986(昭和61)年 自動車総連、自動車労連の役員を退任。


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