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【書評】「お金の流れで読み解く戦国武将」 大村大次郎

2026/09/11公開 更新
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「お金の流れで読み解く戦国武将」 大村大次郎


【私の評価】★★★★★(92点)
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要約と感想レビュー


戦国時代の貨幣経済

戦国時代の武将を、「お金」という視点から分析・評価した一冊です。


戦国時代の貨幣としては、中国から輸入された銅銭が使われていました。南宋が滅亡した後、元王朝が紙幣の使用を強制したため、中国で使い道を失った銅銭が大量に日本へ流れ込んでいたのです。


ところが室町時代末期、明が貿易禁止政策を打ち出し、銅銭の輸入が途絶えると、貨幣の流通量が減少し、デフレ経済となります。武田信玄などは年貢を納める際、端が欠けた悪銭ではなく、欠陥のない希少な精銭に限定したため、銅銭不足を招き、デフレを加速させたという。


一方、信長や秀吉は年貢を銅銭ではなく米で徴収しています。農民は米を売って銅銭に換える必要がなくなり、負担は大きく軽減されました。


さらに信長は、金や銀を高額貨幣として使用する「金銀通貨使用令」を永禄12(1569)年に発布しています。その後、高額貨幣として金や銀が京都周辺から使われるようになっていくのです。


深刻なデフレを加速させた信玄の愚策・・納付する場合、悪銭ではなく、精銭とされ・・銅銭が不足し、端が欠けるなどの悪銭がたくさん出回り、精銭は希少となっていた(p43)

税負担・高金利で疲弊する農民たち

戦国時代の年貢は、どれくらいだったのでしょうか。江戸時代では、だいたい「四公六民」「五公五民」が一般的でした。戦国時代は戦が多かったため、江戸時代よりも年貢の負担は重かったとされています。


実際、武田信玄は農作物の出来に関係なく、毎年一定の棟別銭を徴収していました。当時の相場が年間50~100文程度だったのに対し、年間200文を課していたという。また、多くの資産を所有する寺社は、金貸し業も行っていました。その標準的な利息は年利48~72%。京都周辺には、借金のかたに取られた小さな田が点在していたというのです。


こうした戦国時代の一般的な経済状況と比べると、信長の経済政策が際立ちます。信長は、収穫高の3分の1を年貢とするよう定めていたという。また、自国領内の関所などを極力廃止しました。


一方、重税を課した武田信玄は、自国領内に関所を設けて関銭まで徴収し、経済を停滞させていたというのですから、消費者物価指数が2%に届かないのに増税・金利上昇を目指す現在の財務省・日銀のようにも見えてきます。


(北条)早雲は、領民の年貢を「四公六民」に設定・・・収入の4割を年貢として徴収・・現在の日本国民は、税や社会保険料の負担が収入の50%近くになっている(p31)

経済発展と中央集権を目指した信長

信長は、地方分権的な武家社会を廃し、中央集権政権を築こうとしていました。そのためには武力が必要であり、武力を増強するためには経済発展が欠かせないことを理解していたのです。


信長は年貢を下げ、流通を自由化し、資本を占有して高利貸しを行っていた寺社を焼き討ちしました。また、将軍・足利義昭を警護して上洛した後、褒美として副将軍か畿内を治める管領職を提示されますが、これを断り、堺、大津、草津に代官を置いています。海外交易の中心となる港が、富を生み出すことを知っていたのです。


信長は、そうして築いた財力を背景に大量の鉄砲を保有し、専門の兵士を雇用しました。さらに、本願寺に加勢した毛利水軍を破るため、大砲を積んだ巨大な鉄張りの船まで建造しているのです。経済力が、そのまま軍事力の差につながっていたのです。


信長は、天下統一した暁には大陸に乗り出し、明までを支配下に置こうと考えていた・・・秀吉は、このアイデアを踏襲したものと思われる(p185)

野心から見た上杉謙信と徳川家康

著者は上杉謙信について、2度も上洛しており、鉄砲を大量導入する機会はいくらでもあったのに、上杉軍が保有していた鉄砲はわずか316挺にすぎなかったと説明しています。つまり、謙信は天下統一する野心など、微塵もなかったのです。お金はあるのに大きな武力を持たない。現在の日本のような戦国武将の代表が、上杉謙信だったというわけです。


一方、徳川家康については、敵が強いときには決して反抗せず、敵が弱体化したところで一気に攻め込んだとして、「火事場泥棒」「棚からボタモチ」と、良い意味で評価しています。


さらに著者は、家康が優秀で評判のよかった石田三成を恐れていたと見ています。だからこそ家康は、加藤清正や福島正則など、三成を快く思っていない武将を利用し、内部の諍(いさか)いを助長させ、三成をつぶすことに集中したのです。徳川家康が、中国共産党のように見えてきました。


「お金」という定量的な分析に基づき戦国時代を読み解く著者の冷徹な歴史観が、新鮮に感じられました。大村さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・なぜ室町時代に戦乱が絶えなかったかというと、端的に言えば足利将軍家の財政力、軍事力が弱かったからである(p21)


・なぜ信玄は、信長ほど鉄砲を大々的に効果的に使わなかったのか?使いたくても使えなかったのである・・・信長が、近畿の主な港を制圧し、物流ルートを押さえたのである(p51)


・(伊達)政宗がスペイン国王やローマ教皇に対し、「仙台藩を傘下に加えてほしい」「スペイン艦隊を派遣し、日本を征服してほしい。仙台藩がその先兵になる」と申し出たのではないか(p268)


・貿易の実利よりもキリスト教の危険性を重視・・・ポルトガルは、長崎で日本人の奴隷を買い込み、世界各地に輸出・・・長崎は、イエズス会の領地のようになってしまっており、キリスト教徒たちが、日本各地の寺社を破壊・・・秀吉は、このような状態を見て、キリスト教を禁止したのである(p271)


▼引用は、この本からです
「お金の流れで読み解く戦国武将」 大村大次郎
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大村大次郎 (著)、三笠書房


【私の評価】★★★★★(92点)


目次


第1章 北条早雲 現在の日本より税が安い「元祖・戦国大名」
第2章 武田信玄 強力な軍隊の代償が破綻寸前の重税国家
第3章 上杉謙信 恵まれた財力を活かさなかった残念な天才
第4章 毛利元就 版図を急拡大させた"返り血"に泣く
第5章 今川義元 実は名君だったがさすがに相手が悪すぎた
第6章 織田信長 大経済改革で急成長した「魔王」
第7章 明智光秀 謀反の理由は経済思想の対立だった
第8章 豊臣秀吉 超速で天下を獲れたのは信長のおかげ
第9章 加藤清正 秀吉に振り回された「優れた財政家」
第10章 石田三成 切れ者すぎて嫌われた「格好の見本」
第11章 徳川家康 経済効率を考え抜いていた現実主義者
第12章 伊達政宗 遅れてきたハイスペックな「独眼竜」


著者経歴


大村大次郎(おおむら おおじろう)・・・元国税調査官。国税局に10年間、主に法人税担当調査官として勤務。退職後、ビジネス関連を中心としたライターとなる。単行本執筆、雑誌寄稿、ラジオ出演、『マルサ!!』(フジテレビ系)や『ナサケの女~国税局査察官~』(テレビ朝日系)の監修等で活躍。ベストセラーとなった『あらゆる領収書は経費で落とせる』(中公新書ラクレ)をはじめ、税金・会計関連の著書多数。学生の頃よりお金や経済の歴史も研究しており、『お金の流れで読む日本の歴史』(KADOKAWA)、『関税の世界史』(宝島社)、『「土地と財産」で読み解く日本史』(PHP 研究所)などがある。


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