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【書評】「福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会」 加藤 喜之

2026/06/19公開 更新
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「福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会」 加藤 喜之


【私の評価】★★★★☆(80点)


要約と感想レビュー


プロテスタント原理主義から福音派へ

「福音派」という名称は、ギリシャ語で「良い知らせ」を意味する「福音(エウアンゲリオン)」に由来し、16世紀の宗教改革以降、ローマ・カトリックと区別されるプロテスタント教徒全般を指す言葉として使われてきました。しかし本書が扱う「福音派」は、アメリカの歴史の中で独自の発展を遂げた特殊な宗教集団を指します。


20世紀初頭のアメリカでは、会衆派、長老派、バプテスト派など多種多様なプロテスタント宗派が存在していました。その中で社会の周縁に追いやられていたプロテスタントの「原理主義」が、いかにして主流文化に影響力を持つ「福音派」へと変貌していったのか。これがこの本の一貫としたテーマとなっています。


転機となったのは、原理主義者たちが1942年にワシントンで設立した「全国福音派協会」というロビー団体でした。ここで使われた「福音派」というネーミングが、現代の呼称の直接的な由来になったという。


福音派の教義として紹介されているのが「ディスペンセーション主義」です。聖書をできる限り文字通りに読み解こうとすることで、旧約聖書の予言はまだ成就されておらず、来るべき終末はキリスト教徒とユダヤ教徒の両方に訪れるとする思想です。


アメリカの福音派は再臨が近いと信じ、自らを善の側に立つ存在とみなして、世俗化や道徳的退廃という「悪」に立ち向かおうとしているのです。


アメリカの福音派は再臨が近いと信じ、自らを神の側に立つ善の力とみなすことで、世俗化や道徳的退廃という悪に立ち向かう(p3)

福音派が目指したキリスト教国

1950年代、共産主義との対立を背景に、アイゼンハワー政権とビリー・グラハムが推進した宗教復興運動によって「市民宗教」が確立しました。この時期、国旗への誓いに「神の下で」という句が加わり、紙幣に「我々は神を信ず」が刻印されるようになります。


1960年代以降、公教育の世俗化、公民権運動やフェミニズムの広がり、性的規範の変容などに危機感を抱いた福音派は、「古き良き」アメリカ文化を守るため、次第に政治へと参画していきます。その代表的な人物がジェリー・ファルウェルです。35人の信徒で始めた教会を急成長させ、ラジオやテレビを通じて影響力を拡大していきました。


この本では、ファルウェルが人種隔離政策を聖書の記述を根拠に擁護していたことや、中絶・同性愛・ポルノなどを「アメリカが陥っている罪」として挙げていたことも紹介されています。


福音派はこうした主張を掲げながら政治的な影響力を強め、2016年以降はトランプ陣営の重要な支持基盤となっていったのです。


福音派は戦い続けてきた・・・福音派の立場を掲げる政治家の選挙活動を支援し、イスラエルを国際社会の批判に対して弁護する。白人の特権を擁護し、2016年以降は、トランプ陣営の重要な支持基盤となっている(p5)

福音派が信じている終末論

福音派の終末論の核心は、イエスの再臨が間近であり、その時に信じる者は天に携挙され、信じない者は地上に残されて苦しむという考え方です。


1970年代に1000万部を売り上げたハル・リンゼイの著作「今は亡き大いなる地球」は、この終末論を広く浸透させました。リンゼイによれば、終末の到来にはエルサレムにユダヤ人のための神殿が建てられることが条件のひとつとされており、これが福音派のイスラエルへの強い関心の背景になっているといいます。


一方で、すべての福音派が同じ終末論を信じているわけではありません。この本ではラッシュドゥーニのような「終末はすでに始まっており、キリスト教徒が政治や経済、教育を聖書に合わせて再建していくべきだ」とする立場も紹介されており、福音派内部にも多様な考え方があることがわかります。


福音派が信じていた終末論・・・イエスの再臨はもうまもなくであり、その時、イエスを信じる者たちは天空に携挙され、信じていない残された者たちは地上で苦しむ(p92)

トランプ大統領に投票する福音派

2020年11月の選挙では、84%もの福音派の白人がトランプに投票したといいます。グローバル化の恩恵を受けられず、リーマンショック以降低所得の仕事に追いやられてきた福音派の白人層には、不法移民の排除とアメリカ・ファーストを掲げるトランプの主張が強く響いたのです。


この本では、福音派の支持を集めたマルコ・ルビオとテッド・クルーズや、エドマンド・バーク財団のヨラム・ハゾニーが唱える「グローバル化が伝統的な家族観や国家への忠誠を破壊した」という主張も紹介されています。


アメリカ合衆国は人種や信仰の多様性を認める世俗国家なのか、それとも建国以来のキリスト教国なのか。この問いをめぐる対立が、現代アメリカ社会で議論されていることがよくわかりました。加藤さん、良い本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言


・中絶は女性の基本的人権なのか、それとも許されざる殺人なのか。公立学校で教えるべきは進化論なのか、それとも神による創造なのか。警察による黒人射殺は構造的な人種差別なの現れなのか、それとも犯罪に対する正当な法執行なのか(p1)


・カトリックは中絶と避妊を人間の生命の尊厳に関わる宗教的な問題として捉え、あらゆる避妊を否定する立場をとっていた。それに対し、この時期(1960年代まで)のプロテスタントは中絶と避妊を個人的な選択の問題として考えていた(p61)


・ビリー・グラハム・・1949年・・・激しい言葉で、共産主義の台頭を恐れる大衆に語りかけた・・国内ではキリスト教や道徳が軽んじられ、国外においては悪魔の操る無神論的な共産主義が跋扈する。いまこそ人々はキリストの福音を受け入れ、悪魔との最終戦争に備えなければならない!(p27)


・ロバートソンのヴィジョン・・・アメリカは本来、キリスト教国であり、その憲法はキリスト教の文脈で解釈されなければならない。この考えに基づけば、教育や経済といった領域は・・・連邦政府の介入は極力排除する必要がある(p107)


▼引用は、この本からです
「福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会」 加藤 喜之
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加藤 喜之 (著)、講談社


【私の評価】★★★★☆(80点)


目次


序 章 起源としての原理主義
第1章 「福音派の年」という転換点―1950年代から1970年代
第2章 目覚めた人々とレーガンの保守革命―1980年代
第3章 キリスト教連合と郊外への影響―1990年代
第4章 福音派の指導者としてのブッシュ―2000年代
第5章 オバマ・ケアvs.ティーパーティー―2010年代前半
第6章 トランプとキリスト教ナショナリズム―2010年代後半から
終 章 アメリカ社会と福音派のゆくえ


著者経歴


加藤喜之(かとう よしゆき)・・・立教大学文学部教授.1979年愛知県生まれ.2013年,プリンストン神学大学院博士課程修了(Ph.D取得).東京基督教大学准教授,ケンブリッジ大学クレア・ホールやロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの客員フェローなどを経て,現職.専門は思想史,宗教学.


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