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「三流シェフ」三國 清三

2023/07/12公開 更新
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「三流シェフ」三國 清三


【私の評価】★★★★★(91点)


要約と感想レビュー

覚悟さえあれば、どこかに居場所はある

「オテル・ドゥ・ミクニ」といえば、日本を代表するフランス料理店です。三國シェフの人生は、何も知らない中卒の田舎者からのスタートでした。貧乏生活の中で初めて食べたハンバーグに感動した著者は、天皇陛下も泊まるという札幌グランドホテルのコックになってハンバーグを作ろうと心に決めるのです。


ところが、札幌グランドホテルでは中卒は社員として雇ってくれないのです。だから皿洗いから始めて社員となったのです。その後の、帝国ホテルでも社員枠はなく、仕事はパートタイムの皿洗いです。天才シェフ・ジラルデの店では追い返されても何かやらせてくれ、と直談判して皿洗いから仕事をはじめました。


自ら「大切なのは目の前の仕事を、誰よりもしっかりこなすこと」というように、皿洗いからはじめるのが三國シェフの成功パターンなのです。なぜなら、皿洗いは誰でも嫌いだからです。仮に学歴も人脈も金がなくても、苦労する覚悟さえあれば、どこかに居場所はある。その場所で、一所懸命にやれば道は開けると思って、楽観的にやり続け、フランス料理の頂点にまで達したのが三國シェフなのです。


・母がいった。「キヨミ、おまえには学歴はないけど、志はみんな平等なんだからね」(p34)


20歳でジュネーブの大使公邸料理長となる

帝国ホテルでは三國シェフは、20歳まで2年間皿洗いだけをやっていました。2年間やっても社員になれないとわかった三國シェフは、地元に帰ることに決め、帝国ホテルにあるすべてのレストランの鍋を磨いたという。とにかく爪痕を残したかったのです。


帝国ホテルを去る直前、帝国ホテルの村上総料理長からスイスのジュネーブの日本大使公邸の料理長となるように伝えられました。なんと料理もしたことのない20歳の若者を村上総料理長は「私を信じてください」と大使を説得して、三國シェフをジュネーブの大使公邸料理長として送り出したのです。実は村上総料理長も18歳で帝国ホテルに入り、ベルギーの日本大使公邸で料理長となって、腕を磨いていた叩き上げだったのです。三國シェフに若い頃の自分の姿を見ていたのでしょう。


それにしても料理の修行もしたことのない20歳の若者を大使公邸の料理長に推薦する人も人ですが、そう思わせるだけの何か鬼気迫るものが三國シェフにあったのでしょう。


・村上さんからは三つのことを守りなさいと言われた。大使を閣下と呼ぶこと。十年間修行すること。収入は自己投資に使うこと(p120)


超一流店で経験を積む

ジュネーブに大使公邸では、三國シェフは何も料理方法を知らないので、現地の一流レストランから料理を教えてもらい完全コピーして乗り切りました。その後も天才と言われたフレディ・ジラルデの店で腕を磨き、三ツ星レストラン「トロワグロ」、「ロアジス」「ル・ムーラン・ド・ムージャン」「カメリア」など超一流の店で経験を積んだのです。


料理人の世界は、学歴も年齢も関係ないとはいえ、差別的なことを言うような人間はどこにでもいるのです。そんなとき、三國シェフは「もういっぺん言ってみろ、俺は腹を切るぞ」と言い返していたという。自分の実力で勝負できるフランスという国が合っていたと自ら語るように、三國シェフはフランスの超一流料理店のオーナーシェフから一目置かれる存在となっていったのです。


・厨房にいたスタッフに「おまえらみんな辞めちまえ」と怒鳴りつけたら、ほんとにスタッフ全員にその場で辞められてしまったことがあった(p211)


「三流シェフ」の志

日本に帰国してフランス料理店を持つと、半年は客は来ませんでしたが、「皿の上に、僕がある。」という書籍を出版したことによって店は繁盛することになります。和食のスタイルも取り込んだ三國の料理に対して、日本の料理評論家の人たちからは、「こんなのフランス料理じゃない」と批判され続けました。しかし、海外では三國の料理はクリエイティブだと評価されました。世界中の高級ホテルでミクニ・フェスティバルは大盛況だったのです。


タイトルの「三流シェフ」の意味は、自分は金も生まれも才能もない。日本の料理評論家もミシュランも評価してくれなかったが、自分の料理を評価してくれるお客様のおかげでここまで来たのだ、という自負なのでしょう。


三國シェフの心残りは、ミシュランの星をもらっていないということではないでしょうか。私はてっきりミシュランの星を断っていたのだと思っていました。70歳を前にして三國シェフは、「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉店し、小さな自分のための店を開くという。これまでは顧客のため、従業員のために料理を作ってきましたが、これからは自分のために料理を作るのです。三國さん、良い料理と本をありがとうございました。


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この本で私が共感した名言

・船を漕いでいるときに父から教えられた。「大波が来たら逃げるな。船の真正面からぶつかってけ」逃げようとして、波を横腹に受ければ船は沈む(p35)


・真夜中の調理場には・・ぼくの他には誰もいないのだ・・オムレツ作りの練習で、冷凍室の卵をどれだけ使ったかは神のみぞ知る(p65)


・ジラルデの料理に向き合う姿を見ていたら、厨房にシミひとつもつけられないという気になった(p150)


・ジラルデの無茶苦茶な要求に、苦もなく対応している自分をある日発見する・・自分が料理人として成長するのを毎日感じた(p164)


▼引用は、この本からです
「三流シェフ」三國 清三
三國 清三 、幻冬舎


【私の評価】★★★★★(91点)


目次

第1章 小学校二年生の漁師
第2章 黒いハンバーグ
第3章 帝国ホテルの鍋洗い
第4章 悪魔の厨房
第5章 セ・パ・ラフィネ
第6章 ジャポニゼ
最終章 最後のシェフ



著者経歴

三國 清三(みくに きよみ)・・・1954年北海道・増毛町生まれ。フレンチシェフ。中学卒業後、札幌グランドホテル、帝国ホテルで修行し、駐スイス日本大使館ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部料理長に就任。その後いくつかの三つ星レストランで修行を重ね帰国。1985年に東京・四谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」を開店。世界各地でミクニ・フェスティバルを開催するなど、国際的に活躍。2013年、フランソワ・ラブレー大学より名誉博士号を授与される。2015年、日本人料理人で初めて仏レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章。2020年YouTubeを始め、登録者数約37万人の人気チャンネルとなる。


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