「世界に一軒だけのパン屋」野地 秩嘉
2024/09/19公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★★(90点)
要約と感想レビュー
地産地消100%のパンで10億円
北海道に、すべての材料を地元から調達している年商10億円のパン屋さん「満寿屋」があるという。なぜ「満寿屋」が世界に一軒だけかといえば、水、牛乳、バター、チーズ、卵は地元のものを使うのは可能でも、小麦、砂糖、イースト菌まで地元で調達しているパン店さんは、世界の中でも稀だからです。
では、なぜ国産小麦を使ったパン屋が少ないのでしょうか。
まず、国産の小麦がなかったのです。小麦は、稲の裏作という位置づけであり、日本ではコメが主要作物なのです。国産の小麦がないので、パン屋では使えないし、買ってくれるところがないから、作る人もいないというわけです。
品質の面でも、2003年に開発された日本でいちばんおいしいと言われる国産小麦キタノカオリでも世界基準のおいしさにはなっていないという。
そして、国産小麦は膨らみにくいのです。さらに日本の小麦は生産量が少なく、品質が安定しないためなのか、時々膨らむ、時々膨らまないといった具合で、パン屋さんとしては生産に使いにくい小麦なのです。
パン用小麦は作るのが大変ですか?・・買ってくれるところはまだ少ないんですよ。この辺の小麦農家は満寿屋さんが買ってくれるから植えてるんです(p95)
国産小麦でパンを作るまで
そんな具合で、誰も国産小麦でパンを作ろうとも思わない1970年代に、北海道十勝でパン屋「満寿屋」の社長杉山健治さんが「国産小麦でおいしいパンを作る」と宣言したのです。実は杉山健治さんがなぜ国産小麦を使おうと思ったのか、そのきっかけは明確に書かれていません。一人の日本人が十勝平野で、不可能と思われることの一歩を踏み出したのです。
杉山健治さんは、国産小麦の生産を農家にお願いして回ったという。また、何と小麦収穫用のトラクターを自費で購入し、それを農家に提供する代わりに国産小麦を植えてもらったという。さらに、その国産小麦を使ってパンを作っては、広告をだしたり、上京してPRなどをしていたという。
国産小麦の原価は高いのに、国産小麦のパンの値段は外国産と同じにしていました。しかし、それでもあえて国産小麦のパンを選ぶお客様はそれほど増えなかったのです。トラクター購入費用を含めた国産小麦への投資資金は当時のお金で1千万円を超えたという。
「満寿屋」の社内では、国産小麦で作りにくい食パンは外国産小麦を使い、それ以外は国産小麦でよいのではないかという意見が多かったという。それでも「満寿屋」は国産小麦にこだわったのです。
杉山健治・・「国産小麦でおいしいパンを作る」(p81)
パン屋さんのパンが美味しい理由
「満寿屋」の地産地消の取組みは、お金儲けとしての事業ではないと感じました。お金儲けの視点でいえば、イーストフード(発酵促進剤)を使って、パンを作ればたった1時間の発酵で作ることができるという。現在のコンビニ、スーパーで売っているパンの大半は、この発酵促進剤を使っているのです。
著者は発酵促進剤で作られている「速成パン」は、本来のパンではないという。パン屋さん業界の一端を覗くことができました。そして、パン屋さんのパンが美味しい理由もわかりました。野地さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・帝国ホテルのベーカリーで、「ホテルパンの父」と呼ばれたロシア人、イワン・サゴヤン・・ロマノフ王家のブーランジェだったが、ロシア革命の後、逃げるようにハルピンへ移った。帝国ホテルを作った大倉喜八郎がハルピンに行った際、サゴヤンの作ったパンに感激し、帝国ホテルにスカウトする(p38)
・輪作・・小麦を含め、大豆、小豆、金時豆、スイートコーン、甜菜(てんさい)、にんじん、馬鈴薯・・Aという畑の区画で麦を植えたら、翌年にはにんじんを植える(p92)
・除草剤は小麦にかけるのではなく、土と雑草の葉っぱにかける・・殺菌剤は病気が出てでいたらまく。殺虫剤はアブラムシが出てきたらやるだけ(p167)
・ホームベーカリー・・製造途中にごほうびがある。生地を焼くのに30分くらいかかるのだけれど、その間、家のなかにパンが焼ける香ばしいにおいが広がる(p205)
・あんパン・・砂糖は150グラムも入る・・砂糖の塊じゃないか・・砂糖をスプーンですくって口に運ぶのと変わらないじゃないか。そこまでしてあんパンを食べなくてはいけないのか。もう、あんパンを食べるのはやめよう(p208)
【私の評価】★★★★★(90点)
目次
プロローグ おいしいパンとそれ以外
1章 シニフィアンシニフィエの証言
2章 十勝へ
3章 終戦と開店
4章 ハルユタカ
5章 アタマを貸してくれ
6章 世界に一軒
7章 完成の日
8章 主人の遺言です
9章 パンを食べない人々
10章 国産小麦と海外産
11章 二〇三〇年の夢
エピローグ 停電の日もパンを焼いた
著者経歴
野地秩嘉(のじ つねよし)・・・1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務などを経てノンフィクション作家となる。2011年に『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞
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