本のソムリエおすすめ本を紹介する書評サイトです
本ナビ > 書評一覧 >

「アッツ島とキスカ島の戦い―人道の将、樋口季一郎と木村昌福」将口 泰浩

2022/04/29公開 更新
本のソムリエ メルマガ登録
このエントリーをはてなブックマークに追加

「アッツ島とキスカ島の戦い―人道の将、樋口季一郎と木村昌福」将口 泰浩


【私の評価】★★★☆☆(75点)


要約と感想レビュー

 ロシアの侵攻もありゴールデンウィークで時間があるので、歴史物を手にしました。


 キスカ島、アッツ島とは北方領土のはるか東、千島列島の先のカムチャッカ半島の東1000㎞にあるアリューシャン列島の西端の島です。日本は、なんとミッドウェー作戦の陽動作戦として2つの島への侵攻と、その先のアダック島の米軍施設攻撃を計画したのです。


 ところがミッドウェー海戦で主力空母4隻を失った日本は、陽動作戦の意味を失います。ミッドウェー敗戦を知られたくない決行派と意味がないので中止派が議論して、結局、キスカ、アッツ攻略だけ実施することになったという。悪く言えば中途半端、よく言えば折衷案だったのでしょう。


 アッツ島に上陸して、飛行場を建設していた日本軍に対し、米軍は戦艦や空母、巡洋艦40隻以上で攻撃します。補給もなく増援部隊も来ないアッツ島守備隊は、玉砕することになるのです。


・弾薬どころか食料も届かない補給。ツンドラと堅い岩盤だけのアッツ島やキスカ島の飛行場建設でさえ、人力でなんとかなると考えていた(p45)


 アッツ島の玉砕から300km東にあるキスカ島は撤退の方針が決まりました。しかし、米軍のレーダー網や艦艇による監視の隙をぬって、濃霧に紛れて救出するという運を天に任せるような作戦が計画されたのです。晴れていれば、米軍の偵察機に見つかってしまう可能性があり、濃霧という天候が絶対条件です。天候によって何度も救出作戦は延期され、司令官の木村昌福(まさとみ)は批判されています。しかし、米軍に制空権、制海権を取られている状況の中では濃霧が絶対条件なのです。


 興味深いのは、いつ敵の攻撃があるのかわからない状況で1時間で5000名を乗艦させるために、木村司令官が銃を捨てるように申し入れたことへの反応です。陸軍は天皇からの預かりものを表す菊の御紋章が付いた38式歩兵銃を投棄するなどとんでもないと反対。最終的には武器を捨てた5000人全員を救出することに成功しましたが、米軍艦艇に包囲されたキスカ島からの撤退成功は運が良かったというところが大であったと感じました。


・菊の御紋章が刻まれた銃が乗艦に際して、ことごとく海中に投棄されたということは天皇の軍隊として許されまじき大事である。しかも樋口は大本営の意向をきこうとはせず独断でした処置は僭越至極である(p121)


 この本では二人は人命第一とする人道主義の将軍と表現していますが、救出作戦という目的を最優先に行動しただけのように見えました。濃霧でなかったので引き返して「勇気がない」と批判されても、「菊の御紋章のついた銃を捨てさせるとは何事か」と批判されても、方針を変えることはなかったのです。


 この本からわかるのは、意味のなくなった作戦を止められない日本軍、菊の御紋章がついている武器を捨てられない日本軍、陸軍と海軍が対立する日本軍、失敗しても昇進できる日本軍、人力で飛行場を作っていた日本軍、バンザイ突撃する日本軍であったということです。


 ロシアのウクライナ侵攻に対してドイツは軍事費GDP比2%を表明していますが、日本は政治家と自衛隊幹部との話し合いで、どう方針を打ち出していくのでしょうか。私は日本人らしさはさほど変わらない、歴史は繰り返すと思っています。将口さん、良い本をありがとうございました。



この本で私が共感した名言

・地上30cmもふかふかのツンドラの地に容易に飛行場を建設できるはずもなかった・・・手に入れたところでまったく無意味(p24)


・大半が陸軍部隊だったアッツ島と比較し、キスカ島は陸海がちょうど半分ずつ(p90)


・尼港(にこう)事件・・・ハバロフスク地方の尼港は・・・在留邦人440人が暮らしていた・・・虐殺された日本兵と邦人122名の遺体が放置されていた(p100)


・ユダヤ人がポーランドからソ連を経て満州を目指した・・ヒトラーのお先棒を担いで、弱い者いじめをすることを正しいとお思いになりますか・・・(樋口季一郎)(p36)


▼引用は、この本からです
「アッツ島とキスカ島の戦い―人道の将、樋口季一郎と木村昌福」将口 泰浩
将口 泰浩 、海竜社


【私の評価】★★★☆☆(75点)


目次

第1章 樋口季一郎中将
第2章 アッツ島の玉砕
第3章 木村昌福少尉
第4章 キスカ島からの第一次撤退作戦
第5章 今度こそキスカ島へ



著者紹介

 将口泰浩(しょうぐち やすひろ)・・・1963年、福岡県生まれ。1989年、産経新聞社入社。新潟支局、整理部、社会部、経済本部デスク(次長)を経て、2015年退社。


この記事が参考になったと思った方は、クリックをお願いいたします。
↓ ↓ ↓ 
 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

ブログランキングにほんブログ村


メルマガ[1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』]
3万人が読んでいる定番書評メルマガです。
>>バックナンバー
登録無料
 

<< 前の記事 | 次の記事 >>

この記事が気に入ったらいいね!

この記事が気に入ったらシェアをお願いします

この著者の本 :


コメントする


同じカテゴリーの書籍: