「TN君の伝記」なだ いなだ
2018/05/10公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(82点)
要約と感想レビュー
明治維新をフォローしたい、と思いながら手にした一冊です。TN君とは、明治維新後に活躍した土佐の思想家・政治家中江 兆民(なかえ ちょうみん)です。
中江兆民はフランス語が堪能だったことから岩倉使節団と共に米国、ヨーロッパを旅し、フランス滞在中はヨーロッパの歴史、法律、哲学などを学びました。中江 兆民はフランスで学んだ民主主義、共和政のルソーの思想を明治維新後の日本に紹介したのです。
・ルソーは・・1762年には『社会の契約』と『エミール』を出版した。『エミール』は、教育のありかたについて書いたものだが、当時の学校を経営していた教会の坊さんたちの反対で、出版が禁止になり逮捕状がでたので、フランスから逃げださねばならなかった(p106)
中江兆民は、『東洋自由新聞』の主筆として社説を書くもののすぐに廃刊。衆議院議員選挙に出馬し、当選するものの、派閥の裏切りに憤り辞職。北海道で林業や鉄道事業に投資するものの、借金で首が回らなくなる。中江 兆民は、本当に世渡りが下手くそな学者であったということなのでしょう。
中江兆民は、自由民権運動の理論的指導者として危険人物とみなされていました。著者が、学者が、どうして、危険人物になるのかといえば、学者はただ見たものを忠実に言うだけですが、時代がその人を危険人物にするというのです。
・TN君のおじいさんも、おやじさんも、大砲の技術者だった・・技術には自信があるが、世わたりはぜんぜん下手、という人間がそろっていたらしい(p20)
著者は、歴史というものは、どうして大きな人間を殺し、小さな人間を生きのこらせるのだろうと言っています。歴史というものは、革命を進める人を殺し、何もしない人を生き残らせるのだと思いました。言い方を変えれば、世渡り下手は消え、世渡り上手が残るのです。理論だけでは世の中通じないところがあるということなのでしょう。なだ さん良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・スイスは、昔から独立心のつよい山の民の住むところだった・・村や町は、自分たちの法律をもった小さな独立国といってよいものだ(p103)
・吉田東洋という人も、不思議な人物だった。彼は、つぎつぎと藩の古いわるいところを変えていった。貧しいものの税を軽くし、金持からの税を多くとった。能力のあるものは身分の低いものも、どんどん、とりたてた・・ところが、不思議と人気がわかなかった・・新しい世の中をつくろうとあつまった若者たちが、ことのほか憎んだのが、吉田東洋だ(p35)
・たとえば、いまの総理大臣を、君はよく知っているような気がするだろう。だけど、彼が戦争中はどんなことをしていたか、どんなことを言っていたか、知っているだろうか(p12)
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【私の評価】★★★★☆(82点)
目次
第一章 少年時代
第二章 青年時代の1 高知から長崎へ
第三章 青年時代の2 江戸で
第四章 青年時代の3 ヨーロッパで
第五章 青年時代の4 フランスで
第六章 青年時代の5 日本に帰る
第七章 自由をもとめる人たち
第八章 抵抗のなかで1
第九章 抵抗のなかで2
第十章 ふまれる麦のように
第十一章 東洋自由新聞をだす
第十二章 十年先の約束
第十三章 自由のために流される血
第十四章 まだ、あきらめない
第十五章 最初の国会
第十六章 TN君、いずくにある
第十七章 いやな感じ
あとがき
著者経歴
なだいなだ・・・1929年、東京に生まれる。53年慶応大学医学部を卒業後、パリ大学に留学、さらにWHOの留学生としてヨーロッパに学ぶ。以後、作家・精神科医として、人間のこころや時代のもたらす病ととりくんで、多面的な活躍をしている
司修(つかさ おさむ)・・・1936年、群馬の前橋市に生まれる。郷里の詩人萩原朔太郎とE.アラン・ポーに親しみ、56年、絵画の道をこころざして上京。以降、絵画・彫刻・装丁・創作絵本など、多彩な分野に独自の個性を発揮している
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