「聖(さとし)の青春」大崎 善生
2006/02/01公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(84点)
要約と感想レビュー
●村上聖(さとし)氏は、
どこにでもいる元気な子どもでしたが、
3歳頃からたびたび熱を出すようになりました。
そして、5歳になった夏のある日、
顔が風船球のようにおおきく膨れ、
医者からネフローゼと診断されます。
※ネフローゼ:肝臓の機能障害により、血中の淡白が尿に排出され、体内の淡白濃度のバランスが崩れ、水分が体の細胞に流出。その結果、顔や手が異常にむくみだす病気。最悪の場合、肺水腫などで死亡することもある。原因は不明。
●入退院を繰り返す聖は、
6歳になって将棋を覚えます。
療養学校に入り、家族と離れた生活をしながら、
字もろくに読めないのに
将棋の本を読み続ける毎日でした。
●9歳となると、将棋の本を読んでいるだけなのに、
大人にも将棋で勝つようになります。
もっと強くなりたい。
そして名人になりたいと思うようになります。
・もっともっと強くなって、名人になりたい。そう思った瞬間、聖の胸はわけもなく熱くなった。(p53)
●実家の近くの将棋教室では
将棋の相手がいなくなり、
聖は、広島将棋センターに通い始めます。
そして将棋付けの日々。
中学1年生になると、アマ名人を破るほどに強くなり
「奨励会に入り、プロになる」ことを望みますが、
家族は反対。
ネフローゼという病気を理由に反対の両親は、
親族会議を開いて聖を説得しようとしますが、
逆に集まった親族は、聖の信念に逆に
説得されてしまいます。
・「谷川(名人)を倒すにはいまいくしかないんです。お願いです、僕を大阪にいかせてください」その純粋で真摯な情熱を前に誰も口を開くことができなかった。(p71)
●聖は、病気でたびたび寝込むという
ハンディがありながら、
奨励会の階段を駆け上がり、
17歳で四段昇級、
25歳でA級八段昇級を果たします。
そして、平成7年11月7日、
A級順位戦において、聖は、
念願の谷川浩司と対戦し、谷川を破ります。
名人がすぐそこに見えてきたのです。
※A級順位戦:順位戦は名人を頂点とするリーグ戦で、A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5クラスから成り、A級10名の中から優勝した者が名人挑戦者となる。
●しかし、平成9年に
膀胱がんであることが発覚。
手術をするも、がんが再発し、
29歳で帰らぬ人となります。
将棋に打ち込み、そして、目標である「名人」に
もう少しで手が届きそうな中で倒れた村山聖氏。
涙が流れました。
●病気とともに将棋の世界を駆け抜けた
村山聖氏の人生に★4つとしました。
この本で私が共感した名言
・「いや、僕は結婚できないんです」村山はきっとした目線を私に投げかけてきた。「僕は病気で長生きできないから、先に死んでしまうのでは相手がかわいそうです」(p255)
▼引用は、この本からです。
【私の評価】★★★★☆(84点)
著者経歴
大崎 善生・・・1957年生まれ。日本将棋連盟に入り、「将棋マガジン」編集部を経て、「将棋世界」編集長。退職後は、作家活動に専念。
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