【書評】「急に具合が悪くなる」宮野真生子, 磯野真穂
2025/11/17公開 更新
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【私の評価】★★★★☆(80点)
要約と感想レビュー
ガン患者の文通
先週は京都を歩いていたせいか、京都出身の哲学者である宮野さんと摂食障害に詳しい人類学者の磯野さんの文通の記録をご紹介します。
実は、京都出身の哲学者の宮野さんは8年前に乳ガンを患い、再発してがんが転移してしまいます。宮野さんはガンの治療をしながら、イベントで磯野さんと出会い、文通することになるのです。
ガンを患うことで、人はどう生きていくのか、人はどう悩むのか、文通の中に記録されることになったのです。
宮野さんが乳がんを患っていることは、・・イベントの懇親会でちらっと伺っていました(磯野)(p14)
ガン患者の選択
まず最初の話題は、ガン患者は普通の生活や仕事を手放してしまう人が多いということです。
宮野さんは、テレビ番組で、ガン患者に対して、記者が「ガンが治ったら一番に何がしたいですか?」という質問に「妻と一緒に旅行したい」と答えている場面を見て「今すりゃええやんか」と思ったという。
宮野さんも医師から「急に具合が悪くなるかもしれない」「ホスピスを探して欲しい」と言われたとき、イベントへの参加をキャンセルしたこともありました。「急に具合が悪くなるかもしれない」と言われると、そうした「かもしれない」を無視することは難しいのです。
宮野さんも「急に具合が悪くなるかもしれない」と言われたわけですが、宮野さんはリスクをあまり考えないようにしていたという。普通の人でも事故や災害のリスクはあるわけで、普通の人のようにやりたいことをやる人生を選ぼうとしたのです。
主治医に「急に具合が悪くなるかもしれない」と言われたのは2018年の秋でした・・「念のためですけどね、ホスピスを早めに探しておいてほしいんですよ」(宮野)(p25)
ガンの代替医療の問題
また、ガン完治が難しい状況になると、母や親戚たちが、代替医療などの情報を持ってくるようになったという。
標準治療を副作用に耐えながら受け続け、それでも状況は思ったように改善せず、疲れ果てたときに、「治りますよ」という代替医療があれば、標準治療を辞めて、その代替医療を選択する人がいるのも事実なのです。
多くの専門家がエビデンスのある標準治療を選択するように主張していますが、その効果とは患部が小さくなる程度で、「重篤な副作用が2割の確率ででます」と説明されると、「治った人がいます!」と宣伝する代替療法が魅力的に見えるというわけです。
そういえば、うちの母も父の患ったがんに効くという商品をネットワークビジネスから買っていました。
文通相手の磯野さんは、代替医療の問題について、治療のエビデンスの問題ではなく、患者の心の問題であるとしています。つまり、ガン患者は選ぶのに疲れているのです。効果の見えない治療に希望と信頼を失っているのです。医療訴訟などの課題もありますが、患者の心に寄り添いながら治療方針を相談する仕組みが求められているのかもしれません。
尊重される「患者さんの意思」・・結局私の口をついて出た言葉は「選ぶの大変、決めるの疲れる」でした(p49)
それからどう生きるのか
宮野さんはガンになったとき、この経験を「書くネタにしてやる」と考えたという。ガンになって自分の人生を手放してガン患者として不幸になる人がいますが、ガンになっても自分の人生を生きれば不幸ではない、と宮野さんは言うのです。
文通相手の磯野さんは、最後に「もう疲れちゃった、もう頑張れない、そう思っても当然だよ。宮野は本当に、本当に、今まで頑張って来たよ」と語りかけます。
そういえば、父が亡くなった時、90歳の叔母さんが、父に向って「かずくん、頑張ったね。よくやったよ。私もすぐ行くからね」と語りかけていたことを思い出しました。
いずれ、誰もが自分の死と対面します。それまでどう生きるのか。それからどう生きるのか。考えさせられる一冊でした。宮野さん 磯野さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・不運という理不尽を受け入れた先で自分の人生が固定されていくとき、不幸という物語が始まる(p116)
・「急に具合が悪くなるかもしれない」と言われた時、宮野さんが思ったことは「迷惑をかけてはいけない」だった・・・私が同じことを言われたら、・・この人に会っときたいとか、これはしておきたいとか、もっと自己中な考えで動くんじゃないかなあ、そう思います(磯野)(p81)
・「生きる」って何なんでしょうね・・点として産み落とされる。そして、「いつか必ず死ぬ、しかし今ではない」・・そこは、無数の点たちがなんとか自分のラインを引こうと苦戦した痕跡に充ち、もとろん今まさにラインをひく運動をしている場なのです(宮野)(p198)
・びっくりしたのは、医師も看護師も訴訟のリスクをかなり真剣に心配していることでした・・・私が聞いて驚いたのは・・89歳のおじいさんが、一時退院をして自宅で月見団子を食べて窒息死し・・示談にするために、和解金として何百万も払った(p62)
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宮野真生子, 磯野真穂 (著)、晶文社
【私の評価】★★★★☆(80点)
目次
1便 急に具合が悪くなる
2便 何がいまを照らすのか
3便 四連敗と代替療法
4便 周造さん
5便 不運と妖術
6便 転換とか、飛躍とか
7便 「お大事に」が使えない
8便 エースの仕事
9便 世界を抜けてラインを描け!
10便 ほんとうに、急に具合が悪くなる
著者経歴
宮野真生子(みやの まきこ)・・・1977年生まれ - 2019年没。福岡大学人文学部准教授。2000年、京都大学文学部文学科卒業。2007年、京都大学大学院文学研究科博士課程(後期)単位取得満期退学。博士(人間科学)。専門は日本哲学史。
磯野真穂(いその まほ)・・・国際医療福祉大学大学院准教授。1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業。オレゴン州立大学応用人類学研究科修士課程修了後、2010年、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は文化人類学、医療人類学。
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