「米中通貨戦争―「ドル覇権国」が勝つのか、「モノ供給大国」が勝つのか」田村 秀男
2024/10/16公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★☆☆(77点)
要約と感想レビュー
米中の通貨戦争
冒頭で著者は、ロシアのウクライナ侵攻の本質は,米中の通貨代理戦争であると定義しています。なぜでしょうか。まず、基軸通貨ドルを握る米国に,モノの供給大国である中国がドル覇権に挑戦している現実があります。
習近平は2022年にサウジアラビアを訪問し,石油の人民元取引を働きかけてています。他の産油国は、すでに液化天然ガスの人民元建て決済を行っているのです。そもそも米ドルの強みは、国際決済の基軸通貨であることと、石油・ガスの取引を米ドルのみに制限していることであり、中国はそこを攻撃しているのです。
また習近平はウクライナ戦争直前に,ロシアのプーチン大統領とロシア産石油,天然ガスの非ドル決済の協力を合意しています。プーチンは米ドルを潰したいし、習近平も米ドル支配体制を弱体化させ長期的にはドルに取って代わりたいと考える仲間同士なのです。
習は2022年12月9日,中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議で,石油・天然ガス貿易の人民元建て決済を推進するとし,・・上海石油天然ガス取引所を「最大限に活用する」と表明した(p38)
行き詰まりつつある中国経済
人民元は管理変動相場に移行していますが、資本逃避しないように資本規制され、実質、固定相場です。そして、人民元に通貨供給量は外貨準備とリンクさせており、簡単に人民元を増発しにくい体制になっているという。
したがって、中国は外貨準備を増やす外国からの投資が不可欠です。ところが、ウクライナ戦争後,海外からの対中国証券投資が減少しているという。また、同時に不動産バブル崩壊も始まり,外貨準備が増えなければ、人民元増発も難しく、中国経済は行き詰まりつつあるのです。
そこで注目されるのが、中国が自治権を奪った香港ドルです。香港ドルはカレンシーボード制で米ドルに固定され、他の通貨と自由に交換できます。中国は香港ドルを通じて、米ドルを中心とする他の通貨を外国から取り込むことができるのです。
そこで、トランプ政権は2019年に,「香港人権民主法」を成立させ,香港ドルと米ドルの交換を禁止できる条項を関連法に盛り込んでいます。人民元と香港ドルの弱点を、状況によりいつでも攻撃できる準備をしているのです。
習政権が香港の自治を奪った真の狙い・・香港ドルは米ドルにペッグ・・米ドルとの通貨レートを一定に保つ通貨と自由に交換できる通貨なので米ドルが命綱の中国の通貨・金融システムには欠かせない(p87)
一帯一路とAIIB
中国の米ドル覇権に挑戦するための人民元の国際化の取り組みは、一帯一路とAIIBがセットになっています。中国はAIIBを通じて人民元を貸し、中国の労働力でインフラを建設し、相手国には高金利でドル債務を負担させます。ドルが返ってくれば外貨準備が増え、ドル返済ができなければ、インフラ設備を接収するのです。
著者は、日本のAIIB参加を主張した、二階俊博幹事長ら自民・公明両党の親中派や、アジア開発銀行の中尾武彦総裁を批判しています。ピーター・ナバロ通商製造政策局長が「我々は中国製品を買うたびに,中国の軍事力増強に手を貸している」と言ったように、AIIBに参加すれば、中国の覇権に手を貸しているというわけです。
1980年代のレーガン政権はソ連を崩壊させるため、高金利でドル高政策をとり、石油価格を三分の一に急落させました。エネルギー輸出に頼るソ連は耐えられず1990年代に崩壊することになるのです。ソ連のように中国が崩壊するのか、それともロシアのウクライナ侵攻からNATOとロシアが戦い、中国が漁夫の利を得るのでしょうか。
ドルが金の裏付けを断ち切った1971年のニクソン・ショックから3年後,米国がサウジアラビアに石油のドル決済を飲ませて基軸通貨ドルの座を死守した(p21)
米国が勝つのか中国が勝つのか
著者の問いは、ドル覇権国が勝つのか、モノ供給大国が勝つのかということです。中国のモノ輸出の世界シェアは15%超,米国の2倍です。同時に中国の石油輸入は日量1000万バレル超,米国の1.7倍です。また、外貨準備通貨のシェアはドルが59%,円が5.5%,人民元2.6%です。
現在、中国に拠点を置くメーカーの製造ラインを東南アジアに移転させる動きが加速しています。米国が勝つのか、中国が勝つのか、またはその他の道があるのかもう少し調べてみたいと思います。田村さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・毛沢東はカネを必要としない共産主義の理想をもとに生産手段の私有制を否定し,人民公社方式でのモノの共同生産に走ったが,2000万人以上に上る餓死者を出した(p3)
・外国企業の直接投資,海外市場での債券発行,銀行借り上げなど負債によって入る外貨も人民銀行が最終的に吸収するので,外準にカウントされる(p50)
・筆者の知り合いの台湾系米国人技術者が,・・豊富なチャイナマネーで日本企業幹部や技術者を買収し,機密情報を盗み出すのはいとも簡単だと示唆していた(p217)
【私の評価】★★★☆☆(77点)
目次
序 章 米中通貨戦争が始まった
第1章 貿易戦争から通貨戦争へ
第2章 救世主、武漢発新型コロナウイルス
第3章 香港掌握の狙いは金融覇権
第4章 ウクライナ戦争とペドロ人民元
第5章 デジタル人民元の虚と実
第6章 行き詰った高度成長モデル
第7章 習近平3期目の焦燥
第8章 ハイテク戦争
第9章 チャイナマネーに?み込まれる日本
最終章 人民元帝国にどう立ち向かうか
著者経歴
田村秀男(たむら ひでお)・・・産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員。昭和21 (1946)年高知県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒後、日本経済新聞入社。 ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て平成18(2006)年産経新聞社に移籍し現在に至る。
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