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「日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか」岩瀬 昇

2018/11/09本のソムリエ メルマガ登録
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日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか (文春新書)


【私の評価】★★★★★(90点)


内容と感想

 三井物産から三井石油開発で海外の石油資源開発を行ってきた著者が、日本の戦前、戦中の石油政策を調べました。戦前の日本は、アメリカによる石油輸出全面禁止により追いつめられ、対米戦争へ突き進みました。石油の一滴は血の一滴と言う人もいるくらいなのです。
 ですから、当時の日本は樺太、満洲に進出していたのですから、サハリンや大慶といった油田を探査し、発見できていたら歴史は変わっていたでしょう。では、なぜ油田を発見できなかったのでしょうか。


・日独伊三国同盟にソ連を加えたユーラシア連合を形成した、米英に対抗しようと妄想していた松岡・・実は出発前には、「ドイツの仲介により北樺太をソ連から買収する」案すら検討されていたのだが、4月13日、電撃的に「日ソ中立条約」を締結して帰国した・・・だがその裏で、松岡は北樺太石油利権の放棄を約束していたのだ(p94)


 まず、樺太の油田開発については、民間で開発を進めていたものの、石油開発経験が豊富なロシア有利な条件で開発をしなてくはなりませんでした。採掘がはじまると、ロシアの嫌がらせで生産は順調に進まず、さらには松岡外相が「日ソ中立条約」と引きかえに北樺太石油利権をロシアに引き渡してしまいました。さすが、契約があっても守る気などさらさらないロシアらしい歴史だと思います。


 満洲については、探査はしましたが、軍部が軍事秘密が漏洩することを怖れ、欧米の最先端の技術を採用せず、そのために油田を発見できなかったのではないかと推定しています。そもそも日本の軍部に石油の重要性の理解、石油開発の知識、技能がまったくなかったことが問題だったのです。
 そもそも軍部は陸軍、海軍で対立していたというのですから、日本のエリート官僚(軍人)は省益(軍益)あって国益なしという狭い了見と専門知識の不足は、現在の状況とあまり変わらないのかもしれません。


・海外から技術ライセンスを購入すると、生産実績などを相手企業に報告する義務が生じ、軍の最高機密がもれると、真剣に危惧する軍人がいた・・・(p150)


 著者は、はっきり言いませんが、現在の日本の国家戦略と作成している人のレベルはたいして変わっていないと言いたいのだと思いました。なぜ、国内での石油開発に海外の3倍のコストがかかるのか。なぜ、石油公団、JOGMECはメジャーになれないのか。なぜ不安定な太陽光、風力に毎年4兆円もの国富を投入することになったのか。
 戦略不在、戦略を作る人もいない。そうした状況が戦前とそれほど変わっていないということなのです。岩瀬さん、良い本をありがとうございました。


この本で私が共感したところ

・戦前、戦中を通じ、国家としての統一された石油政策が存在したとはいいがたく、経済統制のひとつの手段として国策に織り込まれただけだった・・なぜ、かくも場当たり主義的な対応しかできなかったのだろうか(p13)


・平成16(2004)年5月、筆者が三井石油開発の事業部長を務めていた頃、同業他社の国内開発現場を視察させてもらった・・アメリカ・テキサス州での天然ガス開発と同じ程度の深度まで掘削する計画なのだが、要する費用も日数も、ほぼ三倍かかる(p32)


・北樺太の石油利権・・・ソ連側からすれば、まずは日本勢に作業をさせて、成功の度合いが確認できた段階で自分たちが取り組めばよい・・・ソ連は日本に供与する開発生産鉱区の一帯を基盤の目のように区分し、交互に所有するという方策を提案してきたのだ。残念ながら日本側はその意図が見抜けなかった(p80)


・軍主導で活動していたと思われる満洲では、最先端の技術で探鉱することができなかった・・・「軍事機密」という名のもとに、すべてを自分たちの手で行おうとした過信が、こうした中途半端な探鉱を招いた・・(p136)


・燃料局石油行政に関する座談会・・・燃料局の人造石油課技師であった加治木須恵人は、「陸軍なんか燃料の『ね』の字もわかっていなかった。ただサーベルをがちゃつかせるだけだった」と手厳しいコメントをしている(p143)


・日本政府は石油供給不足を解消する「希望の星」として、いつの間にか人造石油生産に身を委ねるつもりになっていた。昭和12(1937)年には、「人造石油製造事業法」・・を公布し、政府支援のもとに増産を図ることにしたのだ・・だが、依然として大量生産が可能な商業化は実現していなかったのだ。どこで、どんなボタンの掛け違いがあったのだろうか(p157)


・対米開戦に連なる「帝国国策遂行要領」・・・御前会議の前には大本営政府連絡会議が開かれることになっていて、会議の叩き台となる石油の需給見直し再確認会議が、11月1日に行われた・・石油に関する限りは陸軍、海軍、企画院、商工省が合同協議するのはこれが最初であった・・驚くべきことは、この期に及んでようやく、開戦した場合の石油の需給見通しを、関係各部署が一堂に会して話し合おうとしていたことである・・作戦に関する事項は統帥権に属するため、はっきりした数字がつかめていなかった(p188)


・南方を武力で抑えた後の「軍政地域」の割り振り・・受容の多い海軍が輸送に必要なタンカーを押さえているのに、重要な石油生産地域は陸軍が押さえているという問題を引き起こすことになる(p194)


・開戦前に行われた戦力調査・・・昭和16年4月、この調査を任された新庄健吉陸軍主計大佐は・・三井物産ニューヨーク支店内に事務所を構えて米国の経済力調査を行った・・・日米両国の工業力の比率は、重工業において1対20・・米国の損害を100%とし、日本側の損害は常に5%以内に留めなければならない・・直ちに帰国して関係部署に説明する・・陸軍参謀本部の部員以上全員、海軍省および軍令部の主要な局部長以上、宮内省首脳部、外務、大蔵の各大臣、企画院総裁、陸海軍大臣、そして近衛総理などだった・・戦争突入の決意を固めていた政府、軍首脳の考えを変えることはできなかった・・・新庄は・・「開戦すれば負ける」と私見を述べた・・懇親会の席で、新庄は三井物産社員にこう語った。「数字は嘘をつなかいが、嘘が数字をつくる」(p213)


・石油公団は、1兆3000億円もの不良債権を抱え、平成17(2005)年に解散する・・・石油公団とフランスのトタールは、同じような目的で国家の機関として設立されたのに、トタールはセブンシスターズに並ぶほどの大手国際石油会社に成長し、私たちの石油公団とは雲泥の差がある。この差が生じた理由は何だろうか・・・今なら「事業主体でなかったからではないだろうか」と答えるだろう・・・思えば戦時中、人造石油製造の要として設立された帝国燃料興産も「事業主体」ではなかった。石油公団、あるいはJOGMECと同様、民間企業の事業を情報提供や投融資により支援するという基本構造を持っていた。一方、中国の「国有石油」三社は、いまや「中国版石油メジャー」と称されるほど成長している(p246)


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目次

第1章 海軍こそが主役
第2章 北樺太石油と外交交渉
第3章 満洲に石油はあるか
第4章 動き出すのが遅かった陸軍
第5章 対米開戦、葬られたシナリオ
第6章 南方油田を奪取したものの
第7章 持たざる者は持たざるなりに


著者紹介

 岩瀬昇(いわせ のぼる)・・・1948年生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。1971年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、2010年常務執行役員、2012年顧問、2014年6月退職。三井物産入社以来、香港、台北、二度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクでの延べ21年間にわかる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。現在は新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。



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