【私の評価】★★★☆☆(75点)
■この本では、戦前として
昭和元年~14年を中心に
記載した一冊です。
アジアからの留学生が街を歩き、
ミルクホールで不良が牛乳を飲み、
電気が普及してきた時代。
西欧の植民地にならなかった
先人の気概が素晴らしいと
感じました。
・大正5(1916)年になると、
東京や大阪で80%、
全国では40%の家庭に電気が
行き渡っていた(p100)
■その一方で、財閥が資本を独占し、
労働者と資本家が別れ、
貧富の差が激しかったようです。
家には雷親父が鎮座し、
風俗は合法であり、
貧民街があった。
今の日本の中間層が厚いのは
敗戦の財閥解体とインフレにより、
すべての人が0から
スタートしたからでしょうか。
・終戦時、4大財閥は、全国の会社の
払込資本金のおよそ50%を占めていた(p197)
■歴史というのは、
こうした「へっー」から始めると
本来の楽しさが分かるんだなあ、
と思いました。
良い面も悪い面も、
すべての風俗の中で、
歴史が作られていくのです。
武田さん、
良い本をありがとうございました。
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■この本で私が共感したところは次のとおりです。
・当時は男性の性に限っていえば
今よりも寛容だった。そのため、
男の子が15、6歳になると、親や親せきが
「筆おろし」に連れて行くなどということが
平然と行われていた(p21)
・これらの風俗カフェは深夜営業もしており、
女給は喫茶店のウェイトレスというよりも、
キャバクラ嬢に近いものだった。
店からは給料は出ず、客のチップだけが
収入源だった。(p28)
・昭和3年の綿製品の輸出量は
イギリス製品と比べると37%程度だった。
それが昭和7年には92%と肉薄。
4年後には完全に追い抜いている(p81)
・新幹線は、戦後になって企画立案された
ものではない。実は、計画自体は戦前に作られ、
着工のゴーサインまで出ていた
プロジェクトだったのである(p111)
・小学校は16の等級に分かれ、
半年に1回行われる試験に合格しないと
進級できないシステムになっていた。
教室内の席順は成績順になっており、
試験の成績に応じて変更された。
成績の順位などのことを「席次」
というこがあるか、それはこの頃の
なごりなのである(p129)
・昭和4年頃、日本石油や日本郵船といった
大企業では、課長クラスで年収1万円・・
現在の貨幣価値に換算すれば、年収
5000万円ほどになるだろうか(p153)
・戦前にあって戦後にはなくなったものに、
残飯屋というものがある・・
戦前は、貧富の差が激しく都市のいたる
ところに貧民街があった(p202)
・幕末から明治にかけて、金光教や神道本局、
神理教、天理教、大本教といった教団が勃興し、
大正から昭和初期にかけては
ひとのみち教団(現・PL教団)、霊友会、
世界救世教、成長の家、立正佼成会、
創価学会といった団体が生まれている(p226)
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【私の評価】★★★☆☆(75点)
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■目次
第一章 不思議の国「戦前の日本」
第二章 本当は凄い! 戦前の日本
第三章 古くて新しい戦前の暮らし
第四章 熱く迷走する戦前の日本