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「再検証―南京で本当は何が起こったのか」阿羅 健一

(2015年10月19日)|本のソムリエ メルマガ登録
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再検証 南京で本当は何が起こったのか


【私の評価】★★★☆☆(71点)


内容と感想

■ユネスコ「南京大虐殺文書」の
 世界遺産登録のニュースを見て、
 手にした一冊。


 政治的な議論は別にして、
 日本人として今知りうる
 当時の状況を検証します。


 そもそも南京事件が政治的な
 事件となったのは、
 朝日新聞に連載された
 「中国の旅」からです。


・昭和41年9月、大宅考察組が中華人民共和国を訪れた。大宅壮一、大森実、秦豊といった評論家や報道人・・・南京に入った大森豊は、その夜、案内してくれた旅行社の支配人に、南京大虐殺で親戚や兄弟が殺された者はいませんかと訊ねる。・・・昭和45年暮れになると、同じことを朝日新聞が繰り返す。朝日新聞は中華人民共和国側に、日本軍による残虐行為の現場を歩いて、被害者から話を聞きたい、と希望を伝えた。・・・許可が下りた翌月、本多勝一記者が中華人民共和国を訪れ、南京にも行って虐殺の話を聞く。これが朝日新聞に連載された「中国の旅」の南京事件である。(p310)


■上海事変で南京に撤退した撤退した中国軍を
 大本営の方針に逆らって
 追撃する現地の日本軍。


 その中で南京にいる宣教師は、
 南京城内の一部に安全区を作っています。


 南京を占領しようとする日本軍と、
 難民(中国軍含む?)を保護しようとする
 宣教師との間で確執があったようです。


 宣教師側は、反日本軍の
 情報源となっていました。


・(南京で)宣教師たちは中立の安全区をつくった。安全区は中国の将校が入ってはならない場所である。しかし、宣教師たちは、逃げ込む中国将兵をかくまった・・・かれらは、風聞までも直接体験したかのように証言してまで日本軍を責めた・・・(p78)


■この本で言いたいことは、
 南京で大虐殺を行ったというのではなく
 日本軍は軍事行動として南京を
 攻略したということ。


 その中で、民間人を殺害したことも
 あったと思いますが、
 東京大空襲にように確信的に
 虐殺したのではないということです。


 なお、
 現地軍が独断で南京攻略を進めていった
 というところは、もう少し調べてみる
 必要があると感じました。


 阿羅さん、
 良い本をありがとうございました。


この本で私が共感した名言

南京が陥落した12月13日から南京市警察庁ができるまでのほぼひと月のあいだ、宣教師たちが報告した日本人による事件は五百数十件。一月中旬から二月末までのひと月余で南京市警察庁が検挙した中国人の事件は約五百件。城内には、同じ人数の中国人がいたから12月13日からのひと月でも、ほび同じ事件が起こっていたはずである。この不自然さは、この期間の中国人の犯罪がすべて日本人の仕業として報告されていた、と考えれば説明できる(p164)


・中国人の証言がある。<中央軍の兵士が銃槍を持って夜となく昼となく交る交るやって来て難民を検察し、食料や物品を強奪し、お金と見れば一銭でも二銭でも撒き上げて行きました。最も恐れられたのは拉夫、拉婦で独身の男性は労役に使うため盛んに拉致されていゆき、夜は姑娘が拉致されていきました。中央軍の横暴は全く目に余るものがありました(p164)


・松井大将は、ふたりの参謀を呼びつけ、日本兵の死体だけを片づけ、中国兵の戦死体を放置したままにするとはなにごとか、とこっぴどく叱りつけた(p100)


・第二次世界大戦が勃発すると、ドイツ軍は周辺の国々に攻めいった。そのとき、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オランダ、フランスで二十万人というドイツ兵の子供が生まれている。・・・ソ連がベルリンになだれこみ、五月にベルリンは陥落する。このときベルリンの女性に十万人を超える強姦の犠牲者が出た。日本に攻め込んだアメリカ軍もドイツでおこなったことを繰り返した(p113)


・昭和二十年五月のベルリン陥落前後、ソ連兵によるドイツ女性の大量強姦が起こっている・・・ベルリンで強姦された女性のうち十パーセントが妊娠し、そのうちの九十パーセントは中絶したが、十パーセントは出産した、と試算されている。もし二万人の強姦事件があったとするなら、二千人が妊娠し、そのうち千八百人は中絶し・・・二百人の混血児が生まれたことになる(p82)


・昭和58年から使用される日本の高校の歴史教科書で「華北侵略」が「華北進出」に書き改められた、と昭和57年7月26日に中国が抗議して事件が始まった。しかし、そのように書き改められた歴史教科書は一冊もなく、日本の新聞の誤報をもとにした抗議だったのだが、そのことが明らかになっても日本の新聞は訂正せず、というより、中国側に立って報道をつづけ、そのうえ韓国も加わって日本を批判した・・(p278)


▼引用は下記の書籍からです。

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【私の評価】★★★☆☆(71点)



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■目次

蒋介石の宣伝戦に完敗した日本軍
こうして南京事件は東京裁判に持ちだされた
東京裁判にきた宣教師はなにを証言したか
松井大将はどんな罪を認めたか
なぜ危険な安全区が南京につくられたか
広田弘毅外務大臣を死刑台に送った報告書
三人の日本人をだましたイギリスの新聞記者
ベストセラーの元祖「旋風二十年」はなぜ南京事件を書かなかったか
南京陥落を報じた欧米特派員の正体
日本を代表する戦史家児島襄をだました史料
二十三年間、南京事件が報道されなかった理由
中国人も知らなかった南京事件


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