中国の大使は何を言ったのか「中国「戦狼外交」と戦う」山上 信吾
2024/05/24公開 更新本のソムリエ [PR]
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【私の評価】★★★★☆(87点)
要約と感想レビュー
元国際情報統括官が豪州大使となる
著者は、外務省でインテリジェンス担当の国際情報統括官、オーストラリア大使を歴任しました。国際情報統括官とは、外務省の秘密情報収集・分析の責任者であり、日本国の諜報関係者といえるのでしょう。著者がオーストラリア大使として赴任すると、さっそく親中・反日勢力から圧力がかかりました。
例えば、デニス・リチャードソン元駐米大使は労働党シンパとして知られていますが、著者は「日豪関係に専念すべきだ。中国問題に関わるな」と釘を刺されたという。また、慰安婦問題で日本に謝罪と補償を求める上院決議案を提案した労働党左派の重鎮政治家からは、「お前の発言は物議を醸してしるから黙れ」というメッセージをやんわりと伝えられたという。
当時、オーストラリアは港湾や電力施設を中国資本に買収されたり、ダスティアリ連邦上院議員が中国から買収されていたことが判明し、議員辞職。さらに、ファーウェイの5G通信設備を禁止したり、コロナの原因を解明するための国際調査を中国に求めたところ、中国は反発して、オーストラリアの大麦、石炭、ワイン、木材等の対中輸出制限を行っていた時期なのです。
著者は全豪記者協会で、尖閣諸島問題に端を発する日本に対する中国のレアアース禁輸への日本国の対応を説明し、中国から経済的威圧を受けているオーストラリアの参考になるのではないか、オーストラリアは一人ではない、と主張したのです。
豪州政府筋から・・中国問題についての発言は慎んで欲しい・・「黙れ」との牽制球だった・・個人的見解なのか、政府としての見解なのか?・・一体誰の指示でこんなことを言ってくるのか(p128)
中国による日本大使批判キャンペーン
これに対し、中国の肖千大使は記者会見で、日本大使は自分の仕事を適切にしていない、日本大使は歴史をよく知らないようだ。第二次大戦中、日本は豪州を攻撃し、ダーウィンを爆撃し、豪州人を殺害したと発言したのです。また、中国大使館のホームページ上には、日本大使は、第二次大戦時の日本の軍国主義者による残忍な侵略と残虐行為をあからさまに美化しようと試みたと掲載されたのです。
こうした中国大使の暴言や誤った主張に、著者はオーストラリアのテレビ番組の生インタビューで次のように応じました。
著者はインタビューで、中国大使のコメントは東京の上司の説教を聞いているようだ、とジョークを織り込みながら、平和を愛好し、ルールを遵守する戦後の日本の歩みは誰しもが理解しているとした上で、今の課題は、この地域で現在起きている威圧や威嚇にどう対処するかだと指摘したのです。
しかし、その後も反日勢力の日本大使個人批判キャンペーンは続くのです。豪州メディアAFRは、日本大使館は反中、日本大使館の士気が下がっているなどの、悪意に満ちた報道を行いました。これに対しても著者は、反論をAFRに送付し、AFRは著者の反論を掲載したという。反論するのは欧米では当たり前のことかもしれませんが、日本の外務官僚は、失敗や問題発言を指摘されることを恐れ、そうした主張をしない人が多いという。
今の外務省では国内であっても、幹部がメディアのインタビューや寄稿に尻込みしている・・失敗や問題発言を恐れて、外に打って出ていかないのだ(p107)
外務省も一枚岩ではない
大使が日本国の主張を発言するのは、当たり前のことではないのか、と思いましたが、そうでもないようです。
日本の安保法制の説明を外務省から在京中国大使館の次席大使にしていたとき、次席大使が「尖閣は中国の領土」と述べ始めたため、著者は国際法上の見解について述べたところ、次席大使は反論できなかったためか、途中退席して帰ってしまったという。ところがその後、平松賢司総合外交政策局長は、著者に対し、「ああいうことはやってほしくなかった」と苦言を言ったというのです。
尖閣諸島で中国が挑発的行動を行っている時に、「中国を『脅威』と呼ぶべきではない。『懸念』に留めるべき」と外務省内で主張していた中国課長もいたという。外務省にもいろいろな人がいるということです。
シドニーでのゴルフ三昧に公務扱いで興じたり、キャンベラで週四日もゴルフに耽溺していた大使がいたという話が語り継がれている(p244)
外国による干渉工作は計算されたもの
著者はオーストラリア諜報機関ASIOのマイク・バージェス局長の言葉を引用しています。
「財界人、学者、官僚の中には、自分に対して、他国(中国)を不快にさせるのを避けるため、取り組みを緩めるべきだと忠告してきた者もいた。しかしながら、スパイ行為や外国による干渉工作は豪州の民主主義、主権、価値を損ねるために意図的に計算されたものであることを今一度良く理解すべきである」(p186)
オーストラリアでの中国の核心的利益に反する人に対する干渉工作を見ていると、日本での反安倍、安倍政治を許さないキャンペーンとの類似性に驚きました。つばさの党が選挙妨害で逮捕されましたが、安倍首相が選挙妨害する人に「あんな人たちに負けるわけにはいかない」と言った時には、「あんな人たち」というところだけを切り取って批判したのが日本のマスコミです。
森友学園や加計学園問題のマスコミ報道を見ていても、意図的に計算されたもののように感じるものが多いのもオーストラリアでの中国の干渉工作との類似性を感じました。
福島第一原発での処理水の海洋放出に対する中国政府の執拗な問題提起・・「汚染水を海洋放出する日本は無責任」だとキャンペーンを張っている(p18)
日本人がスパイ容疑で中国に拘束されている
著者はすでに退官しているので、かなり踏み込んで書いているように感じました。著者は旭日旗を軍国主義の象徴と批判したり、福島第一原発の処理水の海洋放出を意図的に批判する、海外組織のキャンペーンやそれを煽る日本の雑誌やスポーツ新聞が存在することを指摘しています。
尖閣諸島へ中国海警の領海侵犯、一日二回以上の圧力や人民解放軍戦闘機が日本の空域に接近することによる航空自衛隊がスクランブルをかけている事実。また、何人もの日本人ビジネスマンがスパイ容疑で中国国内に拘束されたままでいるのです。元国際情報統括官としては、日本国民に現状の危険な状態について警告を発しなくてはならないという思いがあるのでしょう。山上さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・独仏英といった西欧諸国と違って日中韓が民主主義、人権、法の支配、市場経済といった基本的価値を共有するには至っていない(p30)
・今日のウクライナ、明日の台湾・・米国、日本、豪州の間には共通の基盤がある(p100)
・米国のCIA、英国のMI6、豪州のASIS・・早く俺たちのカウンターパートとなる機関を作ってくれ(p115)
【私の評価】★★★★☆(87点)
目次
序 豪州人の対中認識の目を覚ます
第1章 戦狼外交とは何か
第2章 早速飛んできた牽制球
第3章 いびつな豪中関係の中での始動
第4章 戦狼からの攻撃
第5章 労働党への政権交代
第6章 日豪関係の地盤固め
第7章 戦狼の微笑と対中宥和派の蠢動
第8章 反撃
第9章 戦狼と仲間たちからの執拗な逆襲
第10章 勇気あるオージーたちの奮闘
第11章 日豪和解と歴史カードの無力化
第12章 惜別
第13章 日本の外交官よ、ひるむな
著者経歴
山上信吾(やまがみ しんご)・・・前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、1984年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、その後同参事官。北米二課長、条約課長を務めた後、2007年茨城県警本部警務部長という異色の経歴を経て、2009年には在英国日本国大使館政務担当公使。国際法局審議官、総合外交政策局審議官(政策企画・国際安全保障担当大使)、日本国際問題研究所所長代行を歴任。その後、2017年国際情報統括官、経済局長、2020年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。2023年末に退官し、外交評論活動を展開中
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