「「大奥の謎」を解く 江戸城の迷宮」中江 克己

|

「大奥の謎」を解く (PHP文庫)

【私の評価】★★★☆☆(75点)


■天皇陛下のお世継ぎ問題と同じように
 江戸時代の徳川将軍のお世継ぎも
 大きな課題だったようです。


 現代とはちがって
 江戸時代は平均寿命も短く
 病気で簡単に亡くなってしまう。


 徳川将軍の継嗣(けいし)を
 安定的に多量に供給する仕組みが
 大奥だったのでしょう。


・大奥がなかったとはいえ、家康は生涯に
 二人の正室(築山殿(つきやまどの)、
 旭姫(あさひひめ)のほか、
 十五人の側室をかかえ、
 11男5女をもうけている(p19)


■驚いたのは、
 将軍の夜の営みが大奥の女性たちによって
 監視されていたということです。


 将軍と相手の女性用の床の
 左右に別の床があり、
 そこに女性が横になっている。


 さらに隣の部屋には
 襖(ふすま)を開けたままで、
 御年寄と御清(おきよ)という女性が
 控えていたという。


 普通の人なら
 なえてしまいそうですね。


・将軍の右側に相手をする女性が横たわるが、
 さらにその左右に一組ずづ、別の床が
 のべられていたのである。将軍の左側には
 御添寝(おそいね)の御中﨟(おちゅうろう)、
 同衾(どうきん)する女性の横には御坊主が寝るのだ。
 つまり、将軍をはさんで三人の女たちが川の字に、
 横になるのだった。御添寝の御中﨟も御坊主も、
 将軍に背を向けているのが決まり・・(p158)


■お世継ぎという考え方は
 今の時代に合わないのかもしれませんが、
 逆にそうだからこそ続けることに
 意味があるのかもしれません。


 天皇家もお世継ぎに困らないよう
 何らかの対応が必要なのかもしれません。


 中江さん
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・将軍が大奥へ渡り、御台所(みだいどころ)か
 側室と一夜をともにすることを
 「奥泊り」と称した・・・
 将軍が奥泊りをしようと思えば、あらかじめ
 昼のうちに小姓から納戸役を通じ、大奥へ
 連絡しておく必要があった(p153)


・大奥に住む女性は御台所をはじめ、側室、
 奥女中など最盛期には600人から千人くらいがいた。
 将軍はそのなかから気に入った女性を
 指名することができた(p153)


・将軍付御中﨟(おちゅうろう)には拒否権はなかったが、
 それ以外の奥女中の場合、拒むことができたのである・・
 お妙のように、将軍のお召しを断る女性もいた。
 しかし、多くは素直にしたがったし、
 御中藤は喜んで将軍を迎えた(p154)


・大奥や大名家の奥向(おくむき)に奉公した女は、
 教養や気品を身につけていたから、庶民には
 高嶺の花と思われたし、良家から「ぜひ嫁に」
 と、引く手あまただったという(p228)


・例外があって、
 大奥へ入ることのできた男たちがいた・・・
 御三家や奥医師などは、この御錠口
 (おじょうぐち)から大奥御殿へ
 入ることが許された(p256)


この記事が参考になったと思った方は、
クリックをお願いいたします。
↓ ↓ ↓ 
blogranking.png


人気ブログランキングへ


「大奥の謎」を解く (PHP文庫)
中江 克己
PHP研究所
売り上げランキング: 957,335

【私の評価】★★★☆☆(75点)

[Amazonで購入する]

[楽天ブックスで購入する]



■目次

第1章 大奥誕生の謎
第2章 女たちの暮らしの謎
第3章 側室と「玉の輿」の謎
第4章 大奥事件の謎
第5章 女の花園の謎



にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ第3位
にほんブログ村




この続きは無料メールマガジン 「1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』:1ヶ月30冊を超える情報をe-Mailで」でお読みいただけます。

無料メルマガ購読

>月別(2002年7月~)