「文部大臣は何をしたか―私の目で捉えた戦後教育史」槇枝 元文

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文部大臣は何をしたか―私の目で捉えた戦後教育史 (1984年)

【私の評価】★★☆☆☆(65点)


■ミスター日教組と言われた著者が、
 自分の活動をまとめた一冊です。
 「日教組は何をしたか」とタイトルを
 変えるべきでしょう。


 歴史の結果を知っている人にとっては、
 共産党、社会党を支持してきた日教組は、
 一つの工作機関であったといえるのでしょう。


 日米安保、自衛隊反対、米軍基地反対、
 安田講堂事件も、すべて共産勢力に合わせた
 運動をしていいます。


 公務員の政治活動、勤労評定、全国統一テスト、
 主任制導入などことごとく反対しています。
 その結果、何人の校長先生が自殺に追い込まれたのか。
 

・主任制度化阻止のため午後反日スト・・・
 大海では「主任制度化・手当支給の意図は
 本来学校運営上、自主的、民主的に決定すべき
 校務分掌を任命制とし、文部省令による
 教育委員会-校長-教頭-主任-その他教員・職員
 という上命下服の教育体制をつくり上げ、
 政治権力による教育の支配体制をはかるものである」
 との「非常事態宣言」を採択した(p225)


■日教組は、戦争反対、平和主義、平等主義を隠れ蓑に、
 中国・韓国政府、朝日新聞・毎日新聞といった
 マスコミと連動して工作活動をしてきたことが
 書かれてあります。


 その後、社会党連立政権、民主党政権が
 できた頃が、日教組勢力の工作活動の
 最大の成果だったのでしょう。


 中国、韓国、ロシア政府からは
 日教組は素晴らしい組織と
 表彰されるのではないでしょうか。


 槙枝さん
 良い本をありがとうございました。


───────────────


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


・戦前は、軍閥と財閥と官僚が結びついた国家権力が、
 領土の拡張、つまり侵略政策を国是としたとき
 国民に国家主義、軍国主義教育を徹底することによって
 国民に侵略戦争を正義の戦いと思いこませ、
 あのいまわしい太平洋戦争に協力する
 国民をつくりあげたのである。
 この過ちを二度と犯すまいとしたのが
 戦後の教育である(p40)


・日教組は51年1月の中央委員会で「教え子を
 再び戦場に送るな」のスローガンを掲げ、
 全面講和の運動に入る。「英米のみとの
 単独講和は米ソ冷戦の時代に戦争を招く危険が
 あるからだ」というのがその理由で、
 全面講和、中立堅持、再軍備反対の
 平和三原則をもっとも早く打ち出したのも
 日教組であった(p75)


・1952(昭和27)年・・・
 たしかにそのころの日教組の集票力は大きかった。
 「先生のいうことだから」という
 父母が多かった時代のことである。
 総評のなかでも「選挙に強い日教組」
 といわれていた(p89)


・愛知県知事部局は財政赤字を理由に
 教職員の定期昇給が全員にできないから、
 「勤務評定を実施して、昇給させる者と
 させない者との振り分けたい」と教育委員会に提起した・・
 この57年の後半には勤務評定反対闘争(勤評闘争)が
 日教組にとって最大の課題になる(p125)


・日教組はこの学テは高度経済成長政策に
 学校教育を従属させ誤った能力主義による差別・選別を
 教育現場にもちこむものだとして、
 「人材発掘に名をかりた非教育的なテストに反対」
 の態度を表明した(p148)


・日教組の方は1961年の大海で「社会党支持」を
 決定していらい、平垣派、宮ノ原派といった派閥は解消し、
 組織内の社会党員党友協議会の発足にともない、
 「社会党系主流派」対「共産党系反主流派」
 といった図式に変わっていた(p154)


・日教組は6月2日、「大学運営臨時措置法案粉砕中央総決起集会」
 を文京公会堂でひらき、この集会を契機に総評、日教組、
 国民文化会議、護憲連合を発起団体に「大学弾圧法案反対
 のための国民連合」が発足、反対闘争は拡大していった(p176)


・私は思う。自民党はとんだ種を貰って
 教科書の偏向を打ち鳴らしていたから、
 逆に真の教科書の偏向が中国や韓国から
 指摘される結果になったんだと(p245)


・私は「著書を読んでくれたのはありがたいが」と
 前置きして・・「敵がい心をあおるような教科書を
 つくるのではなく、北方領土に対する日本の主張、
 ソ連の主張を正しく記述するなら、それは事実として
 否定するものではない」と指摘・・(p248)


・私はまず、検閲にひとしい文部省の教科書検定の
 あり方を批判し、とくに高校『日本史』の教科書検定で、
 日本軍の「侵略」を「進出」としたり、
 「南京大虐殺」の史実を削除して隠蔽したり、
 朝鮮の独立運動を「暴動」などと
 書きかえさせたことなどは、事実に反するものだと
 思わないかと指摘した(p249)


・私は爽快の開会冒頭の会長演説の中へ日本人であるが故に
 急きょ次の弁明と決意を挿入した・・・
 日本の教科書の内容が、真実をゆがめ、過去の歴史的事実を
 歪曲して、子どもに誤った理解と認識を与えようとしている・・
 朝鮮が日本の植民地であった時代に起こった朝鮮人民の
 植民地開放、民族独立の運動を単なる暴動と書きかえさせたり、
 また、第二次大戦中、朝鮮人民を日本本土に強制連行して、
 強制労働に従事させた事実を朝鮮人民の自発的、積極的
 協力行為であるが如く表現させたり、幾つもの歴史の改ざんが
 行われていることです(p252)


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