【書評】「荒廃した学校を立て直す 再建を託された校長の2年半の記録」 堀越 勉
2026/08/07公開 更新
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【私の評価】★★★★★(95点)
要約と感想レビュー
「理想の学校」で何が起きていたのか
東京都千代田区に麹町中学校があります。校長は2014(平成26)年から工藤勇一氏、2020(令和2)年から長田和義氏、2023(令和5)年から著者の堀越勉氏が務めました。
工藤勇一校長は2014年の就任後、定期テストや宿題、固定担任制など、それまで学校では当たり前とされてきた仕組みを次々と廃止しました。こうした改革はメディアで大きく取り上げられ、工藤氏は多くの本を出版。麹町中は「生徒の主体性を尊重する理想の学校」として全国的に知られるようになったのです。
文部科学省や地方自治体の教育関係者にも麹町中の改革を高く評価する人が現れ、書籍や講演、テレビ番組などを通じて、その取り組みが全国に紹介されていきました。ところが、この本で著者が描いている学校の実態は、世間に広まっていた「理想の学校」というイメージとは大きく異なっていたといいます。
暴力や脅しをする生徒がいて、いじめや盗難が起きても教員が十分に対応しない。「怖いから学校ではトイレに行かない」という生徒までいたというのです。著者が校内を回ると、破壊された壁を補修した跡が各階にあり、演台まで壊されていました。授業を受けたくない生徒たちが「回し蹴り大会」をして、演台を破壊したという。
「授業参加は自由」という考え方のもと、教室から出ていった生徒への指導が十分に行われず、結果として問題行動が放置されるようになっていたと著者は分析しています。始業式の最中にサイダーを飲み、菓子を食べる生徒がいても、教職員は誰も指導しない。学年集会を無視して後方で車座になり、ゲームをしたり談笑したりする生徒もいました。
避難訓練中に私語が止まらず、教員が「静かに!」と呼びかけると、生徒から「あいつ、うるせえ!」と罵声が飛ぶ。そして、指導した教員のほうが孤立してしまう。これが著者が着任した頃の麹町中の実態だったのです。
学力が低下しても内申点は高い
授業は自由参加で、宿題もなし。その結果、塾で勉強している生徒は学力を伸ばす一方、授業に参加しない生徒は放置され、学校全体の平均学力は全国平均を下回るようになったという。
工藤勇一校長は定期テストを廃止し、その代わりに朝のモジュール学習などで単元テストを行いました。「間違ったところが大切」という考え方から、再テストを複数回受けることができ、再テストで点数を取れば高い評定を得られる仕組みでした。
ところが著者によれば、何回もテストを受けることができるので点数が高止まりするだけでなく、テストの問題がスマホで撮影され、生徒間で問題や解答が共有されることが常態化していたというのです。
その結果、平均学力が低下する一方で、高い評定を取る生徒が増えていきました。実際、当時の麹町中では評定「5」が44%、「4」が25%だったという。これほど高い評定を得られれば、内申点と面接だけで合格できる高校がたくさんあります。そのため、一部の塾では「内申点を取りやすい学校」として麹町中を紹介していたというのです。
一方、同じ千代田区の神田一橋中学校では、「麹町中に比べて評価が厳しい」と保護者から苦情が寄せられていました。
こうした内申点の操作は、委員会活動でも起きていました。工藤勇一校長が委員会活動の人数制限を撤廃したため、体育委員会や保健委員会などに多くの生徒が参加するようになったのです。しかし、実際にはほとんど委員会活動していない生徒からも、「内申書に委員会活動を書いてもらう」よう要求があったという。
こうした状況を是正するため、2020年度から長田前校長が評価基準を見直し、適正な評価・評定へと変更していきました。ところが今度は「麹町中の評価が厳しくなった」として、令和6年度には著者が東京都へ公益通報されたというのです。一度「麹町中は内申点を取りやすい学校」という認識が広がってしまうと、それを元に戻すだけで困難に直面するのです。
(委員会を)勝手に帰ってしまう生徒も見られました・・・高校入試の調査書にはほとんど(委員会の)仕事をしていない生徒も記録の要求をしてきます(p114)
授業から学校を立て直す
著者はまず授業から立て直すことにしました。それまでAIドリル教材を使用し、「自由進度学習」として生徒を放置し自習化させていたのを教員が教えることにしました。それまで教員が学習指導案を作成したり、研究授業の公開をしたことがなかったので抵抗はあったという。
そして、どの教科の授業でも、同じ形で開始し、同じ形で終了することにしました。そして、授業の中で目標を提示し、5分間以上の振り返りの時間を設定するのです。
ところが、「教師も生徒もチャイムが鳴ったら席につく」という方針に対し、教職員の一部から「チャイムが鳴ったら席につくことは、生徒と教職員が合意形成をしていない」と猛反対があったという。一事が万事なのです。
さらに、工藤 勇一校長が導入した「全員担任制」をチーム担任制として、1学級当たり2名の教職員が担任として責任を持つ仕組みとしました。それまで、学級担任の代わりに配置されている「担当」の教員が数週間でローテーションしていたため、教員が学級で起きた問題への責任を回避してしまう状況だったというのです。
つまり、全員担任制は、生徒に適切に寄り添う理想的な仕組みとしてメディアを通じて宣伝されてきましたが、実際には教職員の責任の所在が不明確になり、学級改善や教育に対する意欲の低下をもたらしていたのです。
全員担任制は、生徒に適切に寄り添う理想的な仕組みとして書籍をはじめとしたメディアを通じて宣伝されてきました(p100)
私服化の経緯と立て直し
服装についても同じことが起きていました。麹町中では生徒が私服で登校するようになり、なし崩し的に私服化が進んだ後、それを追認する形で校則が変更されたという。
その結果、肌を大きく露出した服装やサンダル、ロングブーツ、ネックレス、ピアス、髪飾り、サングラス、化粧、染髪、パーマ、カラーコンタクト、ヘッドフォンなど、さまざまな格好で登校する生徒が現れました。
ワンピースにハイブランドのハンドバッグという生徒までいたという。著者はこうした状況を踏まえ、2024年度から「新公式ウェア」を導入します。私は私服でも問題ないと思いますが、「自由」と「放任」は違うということなのでしょう。
ダンス部の発表・・・学校の決まりとして、肩、脇、へそ、下着の露出はしないよう繰り返し指導してきましたが、(文化祭)本番は、練習とは異なる、露出度の高いステージ衣装で・・・「エロい~」「もっと~」という掛け声(p176)
抵抗勢力との戦い
著者は麹町中学校の立て直しを進めてきましたが、多くの抵抗があったという。例えば、複数の新聞社によって、学校立て直しに対する批判記事が何度も報道され、部外者からの誹謗中傷が多数寄せられ、教職員が電話で罵声を浴びせられたという。
2024年6月12日の朝日新聞デジタルの記事では、「ヒップホップ禁止令」と事実と異なる報道がなされ、学校の周りに報道取材陣、ユーチューバー、街宣車等が拡声器で騒ぎ立て、大騒動となったという。事実はヒップホップの練習をしつつ、ダンスの基礎基本を確実に指導できるコーチを招聘し、週2回をヒップホップの日と基礎基本の日としただけなのにです。
著者が「着任式と始業式では整列のできる学校にしましょう」と主張したことに対し、令和6年7月1日付日本教育新聞に「着任式・始業式において生徒を縦に整列させるなど「整える」ことを最優先にする学校経営」という批判的な記事が掲載されたという。
この本を読んで、大切なのは「何の仕組みを変えたのか」ではなく、それによって「何が変わったのか」という具体的な結果だと感じました。工藤勇一校長の取り組みは、実験として評価できる部分もあると思いますが、実験だからこそ、運用して問題が生じたのであれば、その結果を検証し、修正していくことが必要です。
この本は、メディアで高く評価された教育改革が、現場ではどのように機能していたのかを、後任校長の視点から検証したものです。この内容が事実であるならば、教育行政やメディアが「先進的な教育」という宣伝に引っ張られ、現場で起きている問題を認識せず、宣伝を継続する姿に疑問が残ります。一般企業であれば、改善してダメならさらに改善、良ければ横展開です。
教育では「自由」も「主体性」も大切ですが、「自由」と「放任」は違うという著者の主張は妥当だと感じました。堀越さん、良い本をありがとうございました。
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この本で私が共感した名言
・朝の麹中スタディ(30分間のモジュール学習)では、3分の1の生徒は寝ているか漫画を読んでいる、3分の1の生徒はタブレットPCでネットサーフィンをしたり遊んだりしていて、残りの3分の1の生徒は周りの喧噪をシャットアウトして塾の宿題に取り組んでいる状況でした(p48)
・麹町中はノーチャーム制を長年続けてきました・・・教職員によっては、教室に定時に入っていない状況もありました。これでは生徒も着席しているはずがありません。最初の数分間は生徒探しに追われる姿が頻繁に見られました(p49)
・タブレットPCの破損・・・26%の破損が記録された麹町中・・・PC室のロッカーから、画面が割られたタブレットPCや、キーボードが剝がされたタブレットPCなどが数十台出てきたそうです(p38)
▼引用は、この本からです

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堀越 勉 (著)、扶桑社
【私の評価】★★★★★(95点)
目次
1 失った当り前を立て直す
2 学習環境を立て直す
3 学力を立て直す
4 授業研究を立て直す
5 テストを立て直す
6 担任制度を立て直す
7 自治活動を立て直す
8 避難訓練を立て直す
9 修学旅行を立て直す
10 制服問題を立て直す
11 文化祭を立て直す
12 学校の立て直しを阻むもの
著者経歴
堀越 勉(ほりこし つとむ)・・・東京都出身。千葉大学教育学部卒業。東京都公立中学校・高等学校の教員として19年間教壇に立つ。東京都公立小学校・中学校の管理職として8年間勤務。江東区教育支援課長・教育センター所長、江東区教育委員会統括指導主事、荒川区教育委員会指導主事として、教育行政に12年間携わる。前千代田区立麹町中学校校長。令和6年度東京都中学校長会会長。令和6年度全日本中学校長会理事。令和5年度・6年度関東甲信越地区中学校長会理事。
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